18章:タンパク質合成の制御

Ling G. In Search of the Physical Basis of Life. Plenum Press, 1984. https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-02-9781461296614.
"The Control of Protein Synthesis"(p. 603~633)


本章の目的は、タンパク合成の分野における重要なテーマを扱い、鍵となる一部の観察結果を会合誘起仮説 Association Induction Hypothesis(AIH)の枠組みの中で統合的に解釈することである。

18.1. 原核生物の転写と翻訳

18.1.1. ラクトースオペロンと遺伝子転写の制御

卓越した大腸菌(E. coli)研究は細胞生理学の進歩に新時代を切り開いた[1]。中でも、E.coliの環境適応に於ける分子メカニズムの解明は大きな成果であった[2-4]。通常の野生型E.coliはグルコースをエネルギー源に好むが、時々、グルコースを含まないラクトース環境に晒されることがある。細胞はこの新たな環境に応答し、ラクトースの利用に必要となる全てのタンパク質を合成する。必要性なく合成することも無ければ、環境からラクトースが消失した場合や、グルコースの添加後でも合成しない。「β-ガラクトシド」ことラクトースはE.coliにこの休眠状態の能力を活性化させる強力なエネルギー源であり、「誘導因子 inducer」と呼ばれる。

James D. Watson(1928/04/06-2025/11/06)

生得的ラクトース利用能は、微生物に共通の環状DNA鎖にある「ラクトース(lac)オペロン」という領域に由来する。この領域には3種類のタンパク質をコードする塩基配列がある。即ち
・β-ガラクトシダーゼ(Z遺伝子がコード),
・β-ガラクトシド ペルメアーゼ 透過酵素(Y遺伝子がコード)
・β-ガラクトシド アセチラーゼ(AC遺伝子がコード) 
である(図5.1)。グルコース培地中の野生型E.coliの場合、これら3つの遺伝子は全て休眠状態にある。

新たなタンパク質の合成機構の第一段階は、伝令 メッセンジャーRNA(mRNA)の産生である。mRNAの生成は、DNA鎖の「プロモーター promotor」(図5.1の"P")という配列にRNAポリメラーゼが結合すると開始する。E.coliがラクトースのない環境にいる場合、別の「リプレッサー repressor」というタンパク質がlacオペロン上の「オペレーター operator」(同図"O")領域に結合することで、lacオペロンの転写開始が抑制される。

プロモーター領域とオペレーター領域は一部重複している為、オペレーター領域がリプレッサータンパク質に占拠されるとRNAポリメラーゼが結合できず、するとlacオペロンの転写およびmRNAの生成開始も阻害される。但し、「誘導因子」(例:ラクトース異性体(アロラクトース), 非代謝性のイソプロピルチオガラクトシド(IPTG)等の類似体 )がリプレッサーに結合して不活化させると、この阻害は解除される。こうした遺伝子の転写制御、即ち制御因子であるリプレッサーの転写の停止に作用する制御は「ネガティブ制御 negative control」と呼ばれる

リプレッサーの挙動は注目に値する。環境中にβ-ガラクシドの存在しない通常条件では、リプレッサーはオペレーターに強固に結合する。この実に強力な結合は、DNA分子の残り部分が分解されて尚維持されるほどである。オペレーターには、結合部位複合体を形成する為に少なくとも10~12塩基が存在する。では、これら2つの高分子間にこれほど多くの個別の結合がありながら、単一の誘導因子がリプレッサーと結合するだけで、リプレッサーがDNAのオペレーター領域から即座に剥離するのは何故だろうか?

この問いに回答する前に明確にせねばならない。誘導因子結合後のlacオペロン転写という単純なプロセスは特殊な変異株にのみ生じることである。通常の野生型E. coliでは、転写開始の前に必要となる条件がある。環境中のグルコースの不在である。グルコースがある限り、ラクトースは代謝されない。グルコースが無くなると、異化遺伝子活性化タンパク質 catabolite gene activator protein(CAP)というタンパク質を介する精巧な経路で合成機構へと伝達される。グルコースがあると、サイクリックAMP(cAMP)という偏在性分子の濃度が低下する。グルコースとその代謝産物の濃度が低下すると、cAMPの濃度は上昇する。この条件下でcAMPはCAPに結合する。この為、CAPは「cAMP受容体タンパク質」とも呼ばれる。

こうしてcAMP-CAP複合体が形成されると、プロモーター領域の更に下流に位置する「CAPサイト」というDNA分子の領域と結合し、RNAポリメラーゼの開始が促進される。これが「ポジティブ制御」、即ち制御タンパク質複合体が転写を活性化させる例である。 つまり、野生型E.coliのlacオペロン転写には、β-ガラクシドが存在してリプレッサーと結合するほかにも、cAMPも存在していなければならない。
・何故cAMPとの結合でCAPはCAPサイトと結合できるのか?
・RNAポリメラーゼの作用がcAMP-CAPタンパク質の結合で促進する理由は?
依然として未解決問題である。

 18.1.1.1. ネガティブ制御 Negative Controlの分子メカニズム

誘導因子が単にリプレッサータンパク質を結合部位から追放することがネガティブ制御の機序ではあり得ないことは、既存情報から明示的である。前述の通りにオペレーター領域の裡の最低10~12塩基はリプレッサーと結合状態の筈だが、各リプレッサーには誘導因子の結合部位が1つ、多くても2つしかない[5]。1~2個の誘導因子との相互作用の果てに多数の結合が「全か無」方式に切断される現象には、多くの生物学的現象と類似性がある。例えば、
・フェリ-ヘモグロビンやカルボニル-ヘモグロビンの変性では、H⁺が1つ結合すると36個のH⁺結合部位が露出する[6,7]
・ATP1分子が筋肉タンパク質と結合すると、10ないし50個のK⁺が吸着する(図11.39)
・猫の皮膚に化合物48/80 1分子が結合すると、ヒスタミン70~80分子が「爆発的に」放出される(*)[8]

(*)化合物48/80の作用は細胞の破壊が原因ではない。48/80の濃度が皮膚からのK⁺放出に達しない濃度でもヒスタミン放出は起こる為である。細胞融解がヒスタミン放出の原因ならば、K⁺が放出される筈である[9]。

※化合物48/80(Wikipedia説明): N-メチル-p-メトキシフェネチルアミンをホルムアルデヒドと共に濃縮して作るポリマー。ヒスタミン放出を促進し、生化学研究において肥満細胞の脱顆粒の促進に使用される。

いずれの現象も、主要吸着体による自己協同的吸着・会合の制御という点で会合誘起仮説の典型的なパターンに従っている(参照:Capability III, Section 7.4.4.2)。図7.13に図解した理論的解釈が充当される。

図7.13. Model of a small segment of a protein chain with backbone peptide groups (Hand 0) and a cardinal site (C). See text for description. [From Ling (1969a), by permission of International Review of Cytology.]主鎖ペプチド基(Hand 0)と基底部位(C)を持つ、タンパク質鎖の小さな断片のモデル。説明については本文を参照のこと。

この例に於ける誘導因子IPTGは主要吸着体として作用する。この役割に於いて
(1)IPTGは強固な結合状態になければならない
(2)リプレッサータンパク質を置換する代替吸着体が存在しなければならない
(3)解離は自己協同的…即ち「全か無」でなければならない。

単離後のリプレッサータンパク質にIPTGが強固に結合することは以前から認知されている[5]。つまり、4℃に於けるIPTG結合定数は、$${{i^t}}$$変異型では1.67 × 10⁶ M⁻¹、野生型では7.7 × 10⁵ M⁻¹であり、それぞれ-ΔF = 7.88 kcal/molおよび7.45 kcal/molとなる。

この解釈を更に裏付ける証拠として
・IPTGがリプレッサータンパク質のd-lac DNAへの結合抑制に作用することがin vitro系で証明[10]
・lac リプレッサー-オペレーター複合体がKCl濃度に高い感受性を示すこと
が挙げられる。そこでKCl濃度を10倍に増加させると、結合定数は100分の1に低下した(図18.1)。また、A. D. Riggs & Bourgeois[11]は
・中性pH条件でlac リプレッサーがホスホセルロースに強力に結合し、
・結合したlac リプレッサーはKCl 0.3Mで解離するが
・0.3M未満のKClでは解離しない
ことを示した。これは、解離プロセスに於ける「全か無」自己協同作用を示唆している。

図18.1

Effect of ionic strength of KCl solution on the dissociation constant of the lac repressor-operator complex. Complete binding curves in which repressor was varied were done at each ionic strength and the dissociation constant was calculated, usually from the onehalf saturation point. [From A. D. Riggs et al. (1970), by permission of journal of Molecular Biology.]KCl溶液のイオン強度がlacリプレッサー・オペレーター複合体の解離定数に及ぼす影響。各イオン強度において、リプレッサーの濃度を変化させた完全な結合曲線を測定し、通常は半飽和点から解離定数を算出した。

研究者の一部は、塩イオンの効果を、あらゆるイオンが完全解離状態で吸着状態にない「イオン強度効果」が原因だと考える傾向にあった。私は、このレベルのイオン濃度に於ける対イオンを完全解離状態と想定することは理論上正当化できず、実験的裏付けもないことを指摘してきた(参照:Section 6.2.1)。lacオペレーター上でのリプレッサーの結合は、DNAのアニオン 陰イオン性リン酸基と、リプレッサータンパク質のリジンおよびアルギニン側鎖にあるカチオン 陽イオン性ε-アミノ基ないしグアニジル基との塩橋形成を介すると想定する方が妥当である。IPTGが主要吸着体として作用し、KClによるDNAからのリプレッサータンパク質の自己協同的解離を誘発するのである:

$${\mathrm{lac  operator-(PO⁻₃)_n ・ (NH⁺₃)_n-repressor  +  nKCl ⇔  lac  operator(-PO⁻₃)_n ・ (K⁺)_n  +  (Cl)_n(NH⁺₃)_n-repressor}}$$ (18.1)

図18.2はこの反応の模式図である。アルカリ金属イオンはDNAと特異的な吸着状態にあり、単なる拡散性のイオン雲の一部でないという更なる証拠がFelsenfeld & Miles[12]や、最近ならAnderson & Bauer[13]やBleamら[14]の研究に見受けられ、いずれもDNAと特異的結合するイオンを実証している。また、de Hasethら[15]の考察は興味深く、曰く、lacリプレッサーとDNAの相互作用に対イオンの放出が重要な役割を果たしている。明らかに、対イオンはその放出前に「結合」ないし吸着状態になければならない。だとすれば、彼等の見解と本稿で提示する見解の相違点は因果関係の解釈にある。de Hasethらは、対イオンの放出がlacリプレッサーとDNAの結合の駆動力だと考えた。一方、交換吸着現象の一環だと捉える私は、駆動力は主要吸着体(例:IPTG等の誘導因子)の吸着ないし脱着が齎すものと考える。

図18.2

主要吸着体IPTGの結合により、lacオペロンのオペレーター領域からリプレッサーが「全か無」方式で剥離するプロセスの模式図

単純なラングミュア型吸着交換では、IPTG結合に伴うリプレッサーの解離が見せる「全か無」的性質を理論予想することはできない。ここで、近接する結合部位の間に働く比較的高い最近接相互作用エネルギーに伴う自己協同性が肝要となる。DNAとK⁺等のイオンの相互作用が自己協同的である証拠は文献上も確認できる。Hughes[16]は、DNAに対するK⁺の結合ならびにDNAからのその放出に於ける自己協同性をコンダクタンス 電気伝導度測定で示した。図18.3はFelsenfeld & Huang[17]のデータの図解である。

図18.3

Increase in H⁺ activity when 1.25 X 10⁻³ M spermine tetrahydrochloride is added to denatured DNA dissolved in distilled water. Arrow indicates theoretical equivalence point, temperature 27°C. Initial pH values: ●-●, 6.31; ○-○, 5.40; △-△ , 4.69. The scale for H⁺ is multiplied by 10⁷, 10⁶ and 10⁵ respectively. [From Felsenfeld and Huang (1961), by permission of Biochemica et Biophysica Acta.]蒸留水に溶解した変性DNAに1.25×10⁻³ Mのスペルミン四塩酸塩を添加した際のH⁺活性の増加。矢印は理論的等価点を示し、温度は27°C。初期のpH値:●-●、6.31;○-○、5.40;△-△、4.69。H⁺の目盛は、それぞれ10⁷、10⁶、10⁵倍に拡大されている。

彼等は、テトラアミンであるスペルミンがポリリジンやアクリジンオレンジ色素と同様に核酸のリン酸基と化学量論的に結合することを先ず立証した後、スペルミンの濃度増加に伴うリン酸基からH⁺への置換を調べた。H⁺置換の強力なシグモイド状の自己協同的特性に注目されたい。これらの実験は、ある正電荷イオンから別の正電荷イオンへの化学量論的置換に於いて、変性DNA上の隣接するリン酸基間に強力な近接相互作用が生じることを明示している。この関連で、Demmnik(1962)[18]がポリリン酸へのK⁺対Na⁺吸着に自己協同性を実証したことは興味深い。タンパク質の自己協同的吸着に纏わる広範な証拠は図7.19~7.26に提示している。

 18.1.1.2. ポジティブ制御 Positive Controlの分子メカニズム

主要吸着体による自己協同的会合および解離の調節というネガティブ制御の説明となる基本的な枠組みは、多少の修正によりポジティブ制御の説明も可能となる。ここでは2つの具体的なテーマを簡潔に概説することにする:
・なぜcAMPの結合がCAPタンパク質のCAPサイトへの結合に不可欠なのか?
・cAMP-CAP複合体とCAPサイトへの結合がmRNA合成を開始させる機序とは?

その本質的役割を説明する上で、cAMPは主要吸着体と見做せよう。図7.13の図解の通り、その吸着がCAPタンパク質とCAPサイトの「全か無」的優先結合を開始させるが、その方向は逆である。同様に、cAMP-CAP複合体が主要吸着体として機能し、その結合がポリメラーゼの自己協同的吸着を開始させるものと想定すれば、RNAポリメラーゼ活性の開始促進についても理論的に説明可能となる。

18.1.2. DNA転写におけるK⁺, Na⁺, グリセロール, DMSOの役割

In vitro系にて、E.coli RNAポリメラーゼを媒介とする細菌およびバクテリオファージDNAの転写は緩衝液中のKClやNaCl濃度の影響を受けることが示されており、これはRNAポリメラーゼの結合[19-21]、開始[22,23]、伸長[24]、終結と再開始[25]でも同様である。

特に重要な点は、in vitro系でE. coli 精製RNAポリメラーゼがT2ファージDNAから特異的mRNA合成に及ぼす顕著なKCl濃度差の影響である。即ち、ジヒドロ葉酸リダクターゼおよびデオキシヌクレオチドキナーゼの遺伝子はKCl 50mMで転写されたが、キナーゼmRNAの合成はKCl 200mMでほぼ消失する一方、リダクターゼmRNAの合成は増加した(図18.4)[26]。E. coli RNAポリメラーゼによるプロモーター領域の選択性という同様の観察は、Dausseら(1976)[27]らがテンプレートにT7 DNAを使用して実証している[28,29]。

図18.4

FIGURE 18.4. Effect of increasing KCl concentration on the in vitro transcription of T2 phage dihydrofolate reductase (0) and 5-hydroxymethyl-2'-deoxycytidylate (HMdCMP) kinase (8) mRNAs. The extent of protein synthesis was measured by [4,5-3H]Ieucine incorporation (L:.). [From Trimble and Maley (1975), by permission of Archives of Biochemistry and Biophysics. J

また、Nakanishiら(1974)[28]の発見も同じく興味深い。2.5Mのグリセロール、エチレングリコール、ジメチルスルホキシド(DMSO)、1,3-プロパンジオールやスクロースはin vitro系でRNA合成を刺激(表18.1)するのみならず、必要なcAMPおよびcAMP受容体タンパク質に代替し得ることが示されたのだ[30]。

表18.1

a A preincubation mixture containing the bacteriophage galP-211 and RNA polymerase was mixed at 0° C with the various solvents indicated in the first cclumn. After a 10-min preincubation at 37°C, MgC12 and rifampin were added, and total RNA and gal RNA synthesized after a 10-min incubation at 37°C were measured. 2.5 M glycerol corresponds to 18.5% (v/v).
bFrom Nakanishi et al. (1974), by permission of journal of Biological Chemistry.

著者らは、DNAの立体構造を変化させるグリセロールに基づくデータ解釈を行っており、この点でグリセロールやエチレングリコール、DMSO、1,3-プロパンジオールがいずれもDNAの融解温度を低下させることが思い出される[31]。この解釈はSchäfer(1973)[32]らの説とも概ね一致する。ここで会合誘起仮説が提供する新たな視点がある。グリセロール、エチレングリコール、DMSOなどの物質がDNA融解を促進するのは、融解状態では水が多層構造に分極しており、これらの物質がこの多層構造水に適合した上で安定化させる為である(9章参照)。

18.1.3. mRNA翻訳におけるK⁺の役割

低K⁺含有E. coli株(B-207)はLubin & Kessel(1960)[33]らによって単離された。このE.coli株を野生型E.coliの最適増殖濃度のK⁺を含む培地で培養すると、細胞分裂が停止する。高K⁺培地では増殖が再開する[34]。実際、この変異株の増殖速度は培地中のK⁺濃度と飽和型の定量関係にある(図18.5)。低K⁺培地では細胞内K⁺が部分的にNa⁺に置換され、細胞の増殖速度は低下する。また、Lubin & KesselはK⁺の枯渇が主にタンパク合成に影響し、RNA合成には殆ど、ないし全く影響しないことを示した。K⁺枯渇によるタンパク合成阻害は、機能的ポリリボソームの構築に於けるポリペプチド結合が生じるより前の初期段階、すなわち一次反応に作用する

Lubin & Kesselは従来型の膜ポンプモデルに基づき、E.coli B-207株の遺伝的欠損を膜の漏出に帰属させた。実際の所、彼等のデータは、タンパク合成制御に於ける細胞内K⁺の本質的役割に興味深い知見を与えている。まず、細胞外K⁺の影響に見られる飽和性(図18.5)と競合性は、K⁺が吸着挙動を示すことを示唆している。

図18.5

FIGURE 18.5. Dependence of rate of growth of strain B-207 on K+ and Na+ concentrations in medium (37°C). In the usual growth medium the concentration of K+ is 100 mM. At lower values of K+, Na+ was substituted mole for mole. Bracket shows 1 SE of mean. 0-0, Minimal medium; e-e, medium supplemented with 0.1% casein hydrolysate. [From Lubin and Ennis (1964), by permission of Biochimica et Biophysica Acta.]

図18.6は、[¹⁴C]ロイシン取り込み測定によるタンパク合成速度が細胞内K⁺濃度と線形関係にあることを示している。このデータは会合誘起仮説に概ね一致し、従ってポリソーム構築に於ける適切なプライミング反応には吸着したK⁺が必要だと示唆される。この場合、[¹⁴C]フェニルアラニン取り込み測定(図18.7)の通り、Na⁺の吸着はタンパク合成の促進に殆ど影響しない。

図18.6

FIGURE 18.6. Incorporation of [14C]leucine into protein (0-0) and [14C]uridine into RNA <•-•) at various levels of intracellular K+ in E. coli strain B-207. Each point shown represents a rate of synthesis. Bracket shows 1 SE of mean. All values expressed as percent of rate at highest K+ level. [From Lubin and Ennis (1964), by permission of Biochimica et Biophysica Acta.]

18.2. 真核生物の遺伝子機能の制御

原核細胞と真核細胞の重要な相違点に、遺伝子転写の制御機構がある。原核生物の例であるE. coliは、環境変化に応答してlacオペロンがコードするタンパク質を新たに生成し、環境中にガラクシドが存在してグルコースが無い限り、娘細胞もこれらタンパク質を生成し続ける。哺乳類などの多細胞真核生物では、全く異なる細胞型が同一のゲノムを共有している。この場合、各細胞型で特異的に転写される遺伝子は、環境や、生物の発達に於ける決定的な瞬間に働く因子に依存した制御を受ける。だが一度始動すると、同じ遺伝子が娘細胞の世代を超えて持続的に転写され、原則として直近の周辺環境に対して安定を維持する。E. coliと哺乳類ではDNAそのものに基本的相違がない以上、遺伝子転写のパターンに見られるこの根本的な相違をもたらす分子的基盤とは何だろうか?

原核生物と真核生物を別つ因子にヒストンがある。すべての真核生物に存在し、原核生物には存在しない[35]。実際、ウイルスや細菌の染色体は単なる純粋DNAであり、時に環状構造を成し、また多くの場合タンパク質と複合体を形成していない[36]。一方の真核生物では、DNAは遊離状態になく、ヒストンや非ヒストンタンパク質と強固に結合しており、「クロマチン」と呼ばれる複合体を形成している。真核生物の遺伝子制御に於けるヒストンの役割は以前から指摘されていた[37]。


Histones are separable into four classes, and all contain large amounts of the basic amino acid residues lysine and arginine (Isenberg, 1979). As mentioned previously, there are reasons to believe that the positively charged e-amino and guanidyl groups of the histones form salt linkages with the negatively charged phosphate groups of the DNA molecules, and that these salt linkages play important roles in the control of gene transcription. To what extent these histones and nonhistone proteins resemble the repressor protein of the lac operon of E. coli remains to be answered.ヒストンは4つのクラスに分類され、いずれもリジンやアルギニンといった塩基性アミノ酸残基を大量に含んでいる[38](Isenberg, 1979)。前述のように、ヒストンの正電荷を帯びたe-アミノ基およびグアニジル基が、DNA分子の負電荷を帯びたリン酸基と塩結合を形成し、これらの塩結合が遺伝子転写の制御において重要な役割を果たしていると考えられる根拠がある。これらのヒストンおよび非ヒストンタンパク質が、大腸菌のlacオペロンのリプレッサータンパク質とどの程度類似しているかについては、まだ解明されていない。

18.2.1. 遺伝子転写

The salivary glands of the larvae of insects like the fruit fly, Drosophila, and the midge, Chironomas, are unusual in that duplication of the chromosome pairs is not followed by separation of the daughter chromosomes. Instead, the daughter pairs line up gene for gene with some 1000-2000 similar individual chromosomes in intimate and accurate opposition. These polytene chromosomes are so large that they are easily visible under the light microscope. Balbiani (1881 ), who first described them, noted their intestinelike appearance. Each of these giant chromosomes is distinguished by a sequence of highly characteristic bands, which have been recognized and correlated with specific genes from the studies of Drosophila mutants (Bridges, 1935).ショウジョウバエ(Drosophila)やユスリカ(Chironomas)などの昆虫の幼虫の唾液腺は、染色体対の複製後に娘染色体が分離しないという点で特異である。その代わりに、娘染色体対は、約1000~2000本の類似した個々の染色体と、遺伝子ごとに密接かつ正確に位置を合わせ、対向して並ぶ。これらの多線染色体は非常に大きいため、光学顕微鏡下でも容易に観察できる。これらを最初に記述したBalbiani(1881)[39]は、その腸のような外観に注目した。これらの巨大な染色体はそれぞれ、極めて特徴的なバンドの配列によって区別され、ショウジョウバエの変異体の研究を通じて、それらが特定の遺伝子と関連していることが確認されている[40](Bridges, 1935)。

[39]Balbiani, E. G., 1881, Zool. Anz. 1:637 and 662.
[40]Bridges, C. B., 1935, f. Hered. 26:60.

The DNA content of a haploid unit of a polytene chromosome band is equivalent to 105 base pairs[41, 42] (Rudkin, 1965; Daneholt and Edstrom, 1967) and is thus enough to code for 30,000 amino acid residues or 100 proteins with an average molecular weight of 23,000 daltons. This is far too large a number to be handled by one single band. Clearly only a small fraction of this genetic information is actually utilized at any one time.

[41]Rudkin, G. T., 1965, Genetics 52:665.
[42]Daneholt, B., and Edstrom, J. E., 1967, Cytogenetics 6:350.

A remarkable behavior of the polytene chromosomes is that at a highly specified time in the life of the insect some bands lose their dense appearance and swell up into "puffs," only to become dense again some time later[43, 44] (Beermann, 1952; Pavan and Breuer, 1952). Puffing is an indication of regional gene activation.

[43]Beermann, W., 1952, Chromosoma 5:139.
[44]Pavan, C., and Breuer, M. E., 1952, J. Hered. 43:150.

The formation of a puff involves the decondensation or uncoiling of the DNA strand, thereby permitting its transcription. That mRNA is actively formed at the puffs was first demonstrated by Pelling (1959)[45], who showed incorporation of radioactively labeled uridine at the puff site. Figure 18.8 reproduces a figure from Beermann and Clever (1964)[46]. Since uridine is only found in RNA, the radioactivity of the puffs in the squashed and fixed chromosomes establishes active mRNA synthesis at the puff. Additiona! evidence comes from the inhibiting effect on labeled uridine incorporation by actinomycin D, known to suppress DNA-dependent RNA synthesis[47] (Ritossa and Pulitzer, 1963).

[45]Pelling, G., 1959, Nature 184:655.
[46]Beermann, W., and Clever, J., 1964, Sci. Am. 210:50.
[47]Ritossa, F., and Pulitzer, J. F., 1963, J. Cell Bioi. 19:60a.

 18.2.1.1. 多糸染色体に於ける遺伝子転写のホルモン制御

Since puffing indicates active transcription of a specific gene, puffing has been used successfully to probe the agents which initiate and terminate gene transcription. Toward this aim, the giant salivary gland chromosomes have provided marvelous experimental materials for study.

An insect larva on reaching a certain age metamorphoses into an adult or imago. A pair of key controlling agents is the steroid molting hormone, ecdysone, and the juvenile hormone.

Ecdysone is secreted by the ring (prothorax) gland of the insect. H. J. Becker (1962)[48] ligated third instar Drosophila melanogaster larvae before the ring gland in such a way that the posterior half of the salivary gland became separated from the hormonal source. As a result, the nuclei of the anterior part of the gland showed a typical puffing pattern while the nuclei of the posterior half did not advance beyond the typical intermoult stage. Becker's work was later confirmed by Ashburner (1970)[49].

[48]
[49]

Puffing of the polytene chromosomes of Drosophila salivary gland in the late larval and prepupal stages of development follows a time sequence. Some puffs appear while others disappear, all primarily controlled by the molting hormone, ecdysone. The pattern is at once intricate and perfectly orchestrated. Here I shall present a small part of the fine work from the laboratory of Ashburner and Richards (Ashburner, 1973; Ashburner and Richards, 1976; Richards, 1978).

 18.2.1.2. Kroegerの説:遺伝子転写のイオン制御

 18.2.1.3. 熱ショック誘発Puffing変化

  18.2.1.3a. 熱ショック誘発Puffingパターンを再現するその他因子

  18.2.1.3b. 熱ショック等の処置に対するPuffing反応における組織別の均一性

 18.2.1.4. フレンド赤白血病細胞におけるウアバイン誘発ヘモグロビン合成

18.2.2. mRNA翻訳とタンパク質合成

 18.2.2.1. K⁺によるDNA, RNA, およびタンパク質合成阻害の逆転

 18.2.2.2. 宿主細胞およびウイルスmRNAの翻訳制御

 18.2.2.3. オオヒオガイの発生初期におけるmRNAの選択的翻訳

 18.2.2.4. 無細胞系の選択的mRNA翻訳

18.3. 要約

塩全般、取分けK⁺およびNa⁺が、タンパク合成を齎す高分子の相互作用制御に重要な役割を持つ証拠がかなり集まっている。会合誘起仮説ならば、膨大なデータの中からその一部を解釈し得る視点が得られる。本書の前半で展開した会合誘起仮説の主要概念の裡の3本柱がここで特に重要となる。即ち

(1)高分子の内/間の塩橋(タンパク質-タンパク質, タンパク質-DNA, タンパク質-RNA, DNA-RNA)の形成および切断
(2)塩橋の形成および切断を含む吸着プロセスの変化の自己協同的 auto-cooperative性質
(3)主要吸着体 cardinal adsorbentsがこれらプロセスに及ぼす影響

この見解に則れば、E. coli DNAのlacオペレーター領域からリプレッサーが解離する現象は主にKClが担う塩橋の自己協同的切断で発生し、これは(ラクトースやその類似体)インデューサーが主要吸着体として作用すると増強される。cAMP-CAP複合体がRNAポリメラーゼからDNAへの自己協同的吸着を促進する主要吸着体として作用すると、RNAポリメラーゼ活性が開始される。RNAポリメラーゼごとにKClに対する感受性が異なるのは、DNAとの塩橋形成に於いて互いに競合するK⁺および/またはCl⁻の差に基づく。

真核生物の遺伝子転写制御に於けるヒストンの役割は、DNAと塩橋を形成する正の荷電分子が示す特殊性が関与する可能性がある。同様に、活発な遺伝子転写領域に於ける染色体の"puffing"に付随して塩が促進する塩橋切断では、塩の種類ごとに塩橋の感受性が異なることが多糸染色体研究で示されている。ウイルスとその宿主細胞では、そのmRNA翻訳に於いてK⁺, Na⁺, 水の作用に対する感受性が異なるという証拠がある。最後に、無細胞系でのmRNA翻訳に対するK⁺, Mg²⁺などのイオンの影響を示す最適条件は、この仮説の構想に一致する。

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