FIREという生き方について
※2025/2/20編集
お疲れ様です❗️
3年前に書いた記事ですが、当時と比べるとだいぶ考え方が変わっている気がするので、少し修正してみようと思います。
今日はFIREという生き方についてのお話です。
FIREという生き方について
私のメインブログでは、以下のような形で、散々FIREという生き方について発信していました。
今思えば、かなりゴリゴリの発信の仕方をしていたような気がします…
当時はFIREという生き方に憧れを抱いていて、それはそれで当時の自分は誇れると思っていますが、今思えば、それはもはや執念だったような気がしています。
当時はとにかく全力で投資投資で、余ったお金はとにかく投資信託か高配当株に突っ込んでいた気がします。
もちろん、それがあったから今一定の資産を築けているので、そのこと自体は後悔もしていませんし、当時の自分を誇らしくも思います。
ただ、株に突っ込んだだけでは、資産の上下に自分の人生を委ねていただけ、というのもまた事実。
例えば、老後資産を取り崩すときや、いざFIREをしようとした時に資産が大暴落して減配ラッシュになったとしたら。
今思えば、この辺までシミュレーションできていたのかどうかは、甘かったのではないかと思うところです。
ただ、何でここまでFIREというものを目指していたのかは、一考の余地がありそうです。
少し、考えてみようと思います。
この国に夢を持てなくなった
コロナ禍の時の対応もそうですし、直近では少数与党に転落してもどこ吹く風の政治、増税やインフレに歯止めが掛からない現状。
3年前の記事執筆時もそうでしたが、現状日本の向かう先を考えると、どうしてもこの国の行く末には明るい見通しを持てない、というのが率直なところです。
それに、米国駐在を経験したからこそわかりますが、日本人は全体的に力の抜き方が下手な気がしています。
だからこそ、社会も閉塞感を帯びるし、FIREという考え方が流行るのかなと。
(当時の自分含め)
もちろん、じゃあどうするの?という解を考え続けていかないといけないとは、常々思うところではあります。
FIREの難易度って意外と高い?
会社員ならば、という前提付きですが、経済的に自立するだけなら、かつての私のようにある程度資産運用ガチ勢的に振る舞えば、達成できる可能性は一定数あるのではないかと思っています。
ただ、経済的自立から一歩進めた、退職、引退を含めるFIREって実はとても難易度が高いのではないかと思っています。
会社員の方であれば共感してもらえると思いますが、もし明日会社を辞めたと仮定した場合、退職後も付き合える同僚の数って、実はかなりレアなのではないかと思っています。
私自身、今でこそ本業でたくさんの方と関わっていますが、退職後も残る人って、おそらく片手で足りてしまうのではないかと、少なくとも私はそう思っています。
色々なところでFIRE卒業という言葉を見ますが、会社を辞めるのが目的化してしまうと、FIREを達成した瞬間に迷路に迷い込んでしまうような気がしていて、ホントに大丈夫?という気持ちになっているのも間違いありません。
だからこそサイドFIREとかCoast FIREという言葉が生まれたと信じていて、今自分が一番理想に近い形と思えるのは、それかなとも思っていますが、実際そういう形を取る日が来るとしても、、後悔のないような選択をしたいなと、常々思う次第です。
自分の身は自分で守る
少なくともこの国の政府や制度に夢を見れない間は、経済的に自立して、例え年金が枯渇したとしても自衛できる体制は構築したいなと思ってます。
そのための投資は、今のところ順調ですが、油断せずに淡々と続けていきたいと思っています。
まとめ
何とも締まりのない散文になっちゃいましたが、思うがままにしばらくは発信したいですね。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました❗️
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