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第十三章 光の水面 ― 生きることを教える人へ

海の講習を終え、指導員になった頃。
プールの仲間から言われた。
「岡田さん、次は水泳コーチ1、取ってみたら?」
以前の僕なら笑ってごまかしていたかもしれない。
でも、その頃には少し自信がついていた。
水が怖くなくなっていた。
それどころか、水にいると安心するようになっていた。
「よし、取ろう!」
気づけばそう口にしていた。
40歳を過ぎてからの挑戦。
水泳経験なんて、学校の授業程度。
――正直、無謀だった。
試験には個人メドレーが必要だった。
バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、クロール。
4種目を続けて泳ぐ。
最初は25メートルすらまともに続けられなかった。
肺が焼け、腕が鉛のように重かった。
それでも、泳ぎ続けた。
朝も夜も、仕事の合間も、プールに通った。
マスターズ大会にもエントリーした。
種目はもちろん個人メドレー。
結果は――ドベ。
でも、笑っていた。
「また完泳できた」
そう思えただけで、胸がいっぱいだった。そしてついに、水泳コーチ1の資格試験に合格した。
その瞬間、心の中で小さく「やった」と呟いた。
誰かに見せるためじゃない。
自分自身に、静かに拍手を送った。
水泳を始めて1年で赤十字水上安全法のボランティア指導員に。
2年で水泳コーチ1の資格を取得。
――まるで、別人のような人生。
監視員の仕事も続けながら、
今では赤十字の活動にも関わっている。
ただ、それでも僕は「先生」なんて呼ばれるたびに照れてしまう。
指導員というより、
“学ばせてもらっている立場”という感覚のほうが強い。
ボランティアの現場では、救助法や心肺蘇生の講習を行うこともある。
ある日、突然、中学校の全校生徒の前に立たされた。
「岡田さん、心肺蘇生の実演、お願いします」
準備なんて何もなかった。
マイクを持った手が震えた。
目の前に何百人もの生徒たち。
――頭が真っ白になった。
なんとか話しきったけれど、あの瞬間の緊張はトラウマだ。
「二度とやりたくない」と思うほどに。
でも、それでも逃げなかった。
終わったあと、生徒のひとりが言ってくれた。
「先生、分かりやすかったです」
その一言で、すべてが報われた。今思えば、あの頃、
六万寺の住職・今雪真善さんが言ってくれた言葉の意味が
やっと分かる気がする。
――「悪縁を断ち切れば、良縁が訪れます」
本当にその通りだった。
病の中で、人を信じられなかった自分。
そこから抜け出して、水を通して、また人と繋がれた。
もちろん、病状は今でも安定しているとは言えない。
波はある。
元気そうに見えても、
実はその裏でギリギリで踏ん張っている日もある。
もしかしたら、ただの躁状態なのかもしれない。
それでも、僕は今日も泳いでいる。
教える立場になっても、まだ学び続けている。
水の中では、過去も未来も関係ない。
ただ呼吸とリズムだけ。
心が静まり、魂が浮かぶ。
――生きることって、やっぱり泳ぐことなんだ。

つづくhttps://note.com/mitsuhiro_swim/n/nb0a985c0bf31?sub_rt=share_b

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