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第十二章 再び、命の水の中で ― 生きているという証

無事に、赤十字の水上安全法救助員Ⅰの資格を取ることができた。
――下手くそな泳ぎで。
でも、その“下手くそさ”が、僕らしいと思えた。
講習が終わったあと、責任者が言った。
「今度は海の講習も受けてみたら?」
プールで働いているうちに、水泳コーチや他の監視員とも仲良くなっていた。
「岡田さん、水泳大会に出てみたら?」と冗談のように言われ、
僕は素直に「じゃあ、出てみよかな」と答えた。
昔なら絶対に逃げていた誘いだったのに、不思議と怖くなかった。
海の講習はきつかった。
波に揉まれ、塩水を飲み、体が思うように動かない。
でも、楽しかった。
何かをやり遂げるたびに、
「生きてる」っていう実感が少しずつ体に戻ってきた。
そして――生まれて初めて、マスターズ水泳大会に出場した。
飛び込みで失敗し、泳法違反ギリギリ。
ゴールした頃には他の選手はすでにタオルを巻いていた。
ドベ。でも、笑顔だった。
「俺、泳ぎきった」
それだけで充分だった。今も、その時の動画を見るたびに笑ってしまう。
あの頃の自分は本当に不器用だったけど、
あんなに真剣に“生きてる”顔をしていたことはない。
プールに通ううちに、
赤十字の指導員の先生方が練習しているのを見かけた。
それは日本泳法・水任流(すいにんりゅう)。
静かな水の中に流れるような古式泳法。
「やってみる?」と声をかけられ、
僕は迷わず「はい」と答えた。
こうして、僕は水任流の会員になった。
1月3日の初泳ぎ。
冬の水は、骨の芯まで冷たかった。
でも、その冷たさが心地よかった。
――“生きてる”って、こういうことか。
長い間、死んでるように生きていた僕の体に、
初めて“生命”の感覚が戻ってきた瞬間だった。
赤十字の海の講習を終えると、
次は「指導員養成講習を受けてみないか」と誘われた。
僕はまたしても「やります」と答えた。
その頃には、もう水が怖くなくなっていた。
むしろ、水の中の方が安心するようになっていた。
さすがに独学では限界を感じて、
知り合いの水泳コーチに個人レッスンをお願いした。
月に一度、フォームを見てもらい、
メニューを組んでもらった。体は悲鳴を上げたけれど、心は笑っていた。
苦しいのに、楽しかった。
赤十字の指導員養成講習は、想像を超える厳しさだった。
実技も学科も難しく、
人前で話すことの苦手な僕にとっては地獄だった。
けれど、逃げなかった。
「ここで逃げたら、また昔に戻る」
そう思って、歯を食いしばった。
試験の最後の日。
疲れ切った体で水面を見つめた時、
ふと涙が出た。
あの頃、病室の天井を見上げていた自分が、
今、水の中で“人を助ける資格”を取ろうとしている。
その距離の長さに、胸が震えた。
そして――合格通知。
指導員認定。
「岡田先生」と呼ばれた時、
心の奥で何かが静かに弾けた。
あの長い苦しみのトンネルの先に、
やっと“人間としての居場所”を見つけた気がした。
合格通知の紙を見つめながら思った。
――ああ、やっと俺、人間に戻れたんやな。

つづくhttps://note.com/mitsuhiro_swim/n/n1d8fa768db8f?sub_rt=share_b

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