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noteはパラレルワールドだ!|『スキ』の文化を理解する異文化適応論

noteという世界が、ちょっと不思議だった。

挨拶のように飛び交うスキ。
読まれてるかどうか関係なく増える数字。
そんな仕組みもよく分からないまま、
別の国に迷い込んだみたいだった。

数字は動くのに、読まれている実感がない。
うれしいような、虚しいような、どうも落ち着かない。

気づけば、目に見える“反応”ばかりを探していた。
自分でも、こんなに数字に振り回されるとは思っていなかった。

いい記事を書いたから読んでもらえるわけでもない。
待っているだけじゃ、スキもフォローも増えないんだ。

4000文字ちょっとあります。ので、お時間がある時に、どうぞ😊


💭 「スキ」の意味のギャップ

ある日、投稿した記事に複数のスキが一気についた。
最初は嬉しかった。

「こんなに読んでくれる人がいる!」

ところが、スキがついたのは投稿から数秒後。
記事の内容を、数秒で読み終えるなんて不可能でしょ。

「ああ、これって読まれていないんだ」

手作りクッキーを配ったのに、
誰も食べてくれなかったような気分だった。
数字は増えた。でも、心は満たされない。
その違和感が、
私に「自分が何を求めていたのか」を考えさせてくれた。

もしかしたら、noteの「スキ」は、
私の思う「スキ」とは違う意味を持っているのかもしれない。
それに気づいた瞬間、少しだけ胸の奥がざわついた。

会社員時代は、いい仕事をすれば評価された。
その価値観をそのままnoteに当てはめていたのだ。
「いい記事を書けば、評価される」はずだと。

けれど、現実は違った。

現実世界でだって、いい芸術作品やいい商品を作っても、
自分で売り込まなければ知ってもらえない。

営業的な感覚を持ったことがなかった私には、
そんなマインドを身につけることが最初のハードルになった。

私の持つ「スキ」の意味と、
noteの中で動く「スキ」の意味。
そのギャップに、戸惑い、
気持ちは滅入っていくばかりだった。


💡 「パラレルワールド」の発見

「こうすればいいのかな」と試しては、やめて、また別の方法を試す。
そんな日々が続いた。

少し前から、気づいてたんだ。
数字を見ても、以前ほど気にしなくなっている自分がいる。

私はわたしのスタンスでいい。

そう思えるようになっていた。
なぜだろう。この割り切れるような感覚。

その理由がよく分からなかったけれど、
昨日の夜、ふと思った。

「noteって、パラレルワールドなんじゃない⁉️

そう考えたら、すべてが繋がった。
その瞬間、ごちゃごちゃだったnoteの世界が、
一つのパラレルワールドとして独立した。

現実の延長じゃなく、もうひとつの文化圏。
独自の言語やルール、そして空気の読み方がある。

そこに暮らす人たちは、
それぞれのリズムで動いている。
そのリズムに戸惑うのは、
異国で太陽の色が少し違って見えるようなものだ。

そして、このパラレルワールドでの自分の心の動きは、
まさに「異文化適応」のプロセスそのものだったんだ。

🗺 私のnote航海図

異文化適応には段階がある。
見るものすべてがバラ色に見える「ハネムーン期」、
現実との衝突に苦しむ「ショック期」、
試行錯誤しながら慣れていく「回復期」を経て、
やがて自分なりに馴染む「適応期」へ。

そうか、と腑に落ちた。
価値観の部分では、私は「回復期」に入っていたんだ。
だから、少し前からなんとなく楽になってたんだ。

振り返ると、すべてが見えてくる。


🏠【ハネムーン期】週末の別荘と、初めての手紙

noteを始めたばかりの頃。

そこはまだ、週末だけ訪れる別荘のようだった。

書きたいことをそのまま書く。

スキをもらえば嬉しかった。

それは「読んでもらえた」証だと思っていたから。


読まない記事にはスキをしない、

共感できないものにはリアクションをしない。

それが自然なことだと思っていた。

まだ、この土地の暗黙のルールを知らなかった頃の、

無邪気で純粋な時間。

そして、初めてコメントをもらった時の喜び。

「この部分、すごく共感しました」という一言に、

心臓がどきどきと高鳴った。

返信をすぐに書けない。

丁寧に丁寧に言葉を選ぶ。
画面の向こうに確かに人がいる。

見知らぬ誰かと、言葉だけでつながれる。

その不思議さと嬉しさの幸せな余韻はとても長かった。
あれは、初めて現地の人と心を通わせたという実感だったんだ。

少しずつ交流が増えて、

「ご近所さん」のような人ができて、

書くことが誰かとつながることに変わっていった。

スキ返しの悩みも、

ご近所さんに相談すれば

「こんな方法もあるよ」「自分はこうしてるよ」って、

すぐに教えてもらえる。

それを素直に試してみるのが、
冒険みたいで楽しかった。
住民票を入れて移住し、
この世界に馴染めたような気分。

そう思えることが嬉しくて、
交流が楽しくて仕方がなかった頃。

あの高揚感。あれは「ハネムーン期」だったんだ。


👗【ショック期】サイズの合わない服と、霧の中のトンネル

けれど、楽しかったはずの試行錯誤は、
いつの間にか重たいプレッシャーに変わっていた。

教えてもらった方法を真似してみても、どこか息苦しい。
まるで、サイズの合わない服を無理やり着ているような違和感。

「みんなやっているから」と自分を納得させようとしても、
数字や「べき」に追われるうちに、
だんだん心がすり減っていくのが分かった。

noteの世界の価値観と、
もともと自分が持っている価値観。
その大きなズレが、
自分に合うはずの「やり方」さえも見えなくさせていく。

誰かの「正解」をなぞっても、
どうもしっくりこない。
間違っているのは自分のほうだとばかり思っていた。

いったい、どこまで合わせるべきなんだろう。
合わせなきゃ置いていかれる気もするし、
合わせすぎると自分が薄くなる気もする。

その狭間で、立ち止まってしまう日が増えた。

どうすればいいんだろう。
いや、そもそも、私はどうしたいんだろう?

進むべき方向が分からなくなって、
霧の中をさまよっているようなモヤモヤだけが募っていった。

書きたい気持ちはあるのに、書く前にもう疲れてしまう。
「投稿」という言葉が、日に日に重たく感じられた。

多分これが「ショック期」だったんだ。


🌍 ふたつの世界と、ふたりの私

そして今、私は「回復期」にいる気がする。
完全に順応してはいない。

note運用も、記事の書き方も、
まだまだ試行錯誤は続いている。
それでも、価値観については、
自分なりの答えが見えてきた。

以前は、スキが欲しくてスキをしていた。
読んでもらいたくて書いていた。

けれど、いつの間にか変わっていた。
胸を打たれるような記事に出会えることが、
ただありがたく感じるようになった。

きっと、誰かの言葉が自分を支えてくれた瞬間があったからだ。
その小さな感動が、書く原動力のあり方を変えたのかもしれない。

そして、いつの頃からか、
「この人に届いてほしい」と思いながら書くようになっていた。

そんなことが書かれたノウハウ記事を読んで、
頭では分かったつもりでいたけれど、
実際に自分がそう感じるようになるまでは、
ずいぶん時間がかかった。

読んで理解することと、
体験して腑に落ちることは、
まったく違う。

noteの中では、「スキ活」「フォロバ」「戦略」「収益化」……
そんな言葉やノウハウが、
日常のあいさつのように行き交っている。

そこで、私はわたしの「ちょうどいい」を探すことにした。

数字が多い=影響力がある、とばかり思っていたけれど、
それだけじゃないってわかってきた。

パラレルワールドの中の価値観と、
この世界のわたしの価値観と。
どっちも正しい。それだけ。

数字がまったく気にならなくなったわけじゃない。

スキをもらえたら、うれしい。
フォロワーさんが増えたら、もちろんうれしい。
コメントをもらえたら、とっても嬉しい。

ただ、感じ方が少し変わった。
前と同じ出来事でも、受け取り方が違ってきた。


スキは挨拶。
フォロー/フォロワーはご近所さん。
じゃあ、コメントは何だろう。

手紙のやりとり、に近い気がする。
少し時間をかけて、言葉を選んで届ける。
そして返事を待つ。

書いただけで読まれないのは当たり前。
じゃあ、読まれるためにはどうすればいい?

いい記事かどうかは読者さんが決めること。

現実社会に応用できる新しいマインドを、
パラレルワールドで育てているのかもしれない。

それぞれに温度があって、それぞれに意味がある。
それでいいんだと思えるようになった。

noteのルールは、noteの中だけのものにしておこう。

記事を受け取ってくれる人たち、
交流をしてくれる人たちがいる。
それは確かに存在する、素敵な世界。

数字はこの世界の幻かもしれない。
それでも、その幻の中にもリズムがある。
そのリズムに少しずつ慣れていくうちに、
現実の私の視野も、少しずつ広がっていく。

ふたつの世界を行き来するのは、
窮屈どころか、むしろ自由に感じられる。

noteは私のもうひとつの居場所だ。
そこには、もうひとりの私がいる。
その両方が本当の自分だと、今は思える。

無理にひとつにしようとしなくったって、
ふたつの世界をゆらゆらと行き来しながら書いていけばいい。

その気づきが、私にとっての統合だ。
自分の文化を残しつつ、新しい文化を取り入れる。
それが、私なりの異文化適応の形。


異文化適応は、他の国や言語だけで起こるものじゃない。
SNSのような、目に見えない社会の中でも起こる。
そしてそこには、驚きや喜び、そして戸惑いがある。

noteという世界を「パラレルワールド」と呼ぶと全てがしっくりくる。
現実とは少しズレたこの場所で、
今日もまた、私は見つけた「気づきの種」を蒔いていく。

これは暮らしのようなものだ。
異文化の中で、自分の居場所を少しずつ作って、
ごきげんを育てていく暮らし😊

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