日本人の精神性が宿る日本語〜生成AIとの相性は?〜
こんにちは、「笑顔工学」の専門家、木村光範です。
笑顔工学って何??という方は、ぜひ自己紹介をご覧ください!
今回は、日本語と日本人の精神性の関係、そして日本語と生成AIとの相性、について探ってみたいと思います。
私たちが日常何気なく使っている「言葉」には、実は私たち日本人の心の在り方が色濃く反映されていることに気づかされます。生成AIでの対話が日常的に行われている現代において、心の在り方の視点を忘れずにいることで、日本人の美しい精神性を保つ必要があるのではないか?と思い、記事を書きます。
曖昧さに宿る「和」の精神
日本語の特徴の一つに、その「曖昧さ」があります。例えば、誰かに誘われたときの「行けたら行きます」という返事。これは一見前向きな回答に聞こえますが、実際には「行けないかもしれない」という含みを持たせた表現です。なぜ私たちはこのような曖昧な表現を好むのでしょうか?
その背景には、「和を以て貴しとなす」という日本人の精神性があるのではないでしょうか。直接的な拒絶を避け、相手との関係を円滑に保ちたいという配慮が言葉に表れているのです。この曖昧さは、一方では人間関係を円滑にする効用がありますが、他方では物事がはっきり決まらず進展しないという弊害も生みがちです。
主語の省略と「察する」文化
日本語はその構造上、主語を明示しなくても意味が通じる場面が多い言語です。「...します」「...しましたか?」のように、文脈から主語を汲み取るコミュニケーションが成立します。これは「自分が前に出過ぎない」日本人のコミュニケーション感覚と結びついているとも言えるでしょう。
例えば、川端康成の『雪国』の冒頭「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という文章には、主語が明示されていません。読者は主人公と一体化し、列車の中から見える景色をそのまま体験するような感覚になります。一方、英訳では「The train came out of the long tunnel into the snow country」と、主語である「列車」が明示され、視点が客観的なものに変わります。
このように日本語では、主語を省略することで「場の空気」の中に自分を溶け込ませる表現が可能になり、それが日本人特有の「察する」文化と結びついてきたのです。
敬語の複雑さと「思いやり」の心
日本語には敬語という独特かつ複雑な表現体系があります。尊敬語・謙譲語・丁寧語といった敬語を使い分けることで、相手との関係性や場の雰囲気に応じた話し方が求められます。敬語を使うほど表現は婉曲になり、直接的な物言いを避ける傾向が強まります。
英語で「No, I can't do that」と断る場面でも、日本語では「それはちょっと...」「難しいかもしれません」といった婉曲な表現を用いることが多いでしょう。この直接的な否定を避ける言い回しには、相手の気持ちを傷つけたくないという「思いやり」が込められています。
言葉は思考の器
言語学でも「話者が使う言語によって世界の見え方が変わる」ということが示されているのだそうです。これは単なる表現の違いではなく、実際の認識の仕方にまで影響を及ぼすというのです。
日本語を話す私たちは、自覚せずとも日本語という「器」を通して世界を味わい、日本人特有の感性で物事を見つめています。主語を省略し自分を景色の一部に溶け込ませる日本語は、私たちに「場の空気」の中で物事を感じ取る視点を与えてきました。
しかし、言語と思考の関係は「鶏が先か卵が先か」の問題でもあります。日本語が曖昧だから日本人の気質が曖昧になったのか、それとも日本人が調和を尊ぶからそのような日本語が形作られたのか。実際のところ、言語と思考(文化)は長い年月をかけて相互に影響し合いながら現在の形になったのでしょう。
生成AIと日本語の相性
近年、ChatGPTなどの生成AIが普及してきています。日本語での質問にもある程度的確に答えてくれるようになってきて、私も日々便利に活用しています。
でも、先日、英語もペラペラの友人と話をしていたら「英語で指示を出したほうが精度が高い結果を簡単に得られる」と言っていました。これはなぜでしょうか?実は、これまで見てきた日本語の特性と深く関わっていると考えられます。
曖昧さと主語の省略が生むあいまいさ
日本語の「曖昧さ」「主語の省略」という特徴は、生成AIに指示を出す際に課題となります。例えば、「分析してください」という指示では、何を分析するのか、どのような観点で分析するのか、結果をどのような形式でまとめるのかが明示されていません。これに対し英語では "Please analyze this data from an economic perspective and summarize the findings in bullet points" のように、主語や目的、方法などが明確に指定されることが多いのです。
生成AIは文脈から意図を「察する」能力に限界があるため、日本語特有の「言わなくても分かるだろう」という前提が通用しないことがあります。英語の指示文は構造上、より具体的で明示的な表現となりやすく、AIにとって「理解しやすい」指示となるのです。
もっとも、生成AIの進化は目覚ましいものがあります。1年後くらいには、曖昧さも完璧に汲み取れるようになっているのかもしれません。
敬語や配慮表現による冗長性
日本語の指示文では、「〜していただけますでしょうか」「〜いただければ幸いです」といった敬語や配慮表現が自然と入ります。これらの表現は人間同士のコミュニケーションでは関係性を円滑にしますが、AIへの指示としては冗長になりがちです。
英語では "Generate a report" や "Create a summary" というように簡潔な命令形で指示することが一般的で、余計な修飾表現が少ないため、AIが「タスクの本質」を把握しやすくなります。
論理構造と直線的思考
英語は主語→動詞→目的語という順序で論理を積み上げていく直線的な構造を持っています。一方、日本語は述語が文末に来るため、文章の最後まで読まないと全体の意味が把握できないことがあります。
生成AIの多くは英語を基盤に開発されており、英語の論理構造に沿った指示に対してより適切に反応するよう訓練されています。日本語特有の「結論を後回し」にする表現は、AIにとって処理が難しい場合があるのです。
これに対応するため、日本での日本語を基本とした生成AI研究も進められていますので、今後は変わってくることも予想されます。
トレーニングデータの問題
生成AIが学習してきたデータの量と質も重要な要素です。現状では英語のトレーニングデータが圧倒的に多く、英語での指示に対する応答精度が自然と高くなる傾向があります。多くのAIサービスは基本的に英語で開発され、後から他言語に対応させるという流れのため、日本語での表現の微妙なニュアンスや文化的背景の理解は英語に比べると限定的と言えるでしょう。
より効果的な指示文のために
日本語で生成AIに指示を出す際は、これらの特性を踏まえて以下のような工夫をすると効果的です:
主語と目的を明確にする(「あなたは〜について〜の観点から分析してください」)
曖昧な表現を避け、具体的な条件を示す
敬語や配慮表現は最小限にし、タスクの本質を簡潔に伝える
文の構造をシンプルにし、文末に重要な情報を溜め込まない
日本語の持つ「察する文化」「曖昧さの美学」「敬意の表現」は人間同士のコミュニケーションでは豊かさをもたらしますが、AIとのやりとりでは異なるアプローチが求められるのです。これは日本語の欠点ではなく、言語としての特性がAIという新しい対話相手に対してどう機能するかという問題だと言えるでしょう。
この特性を意識して生成AIと会話することで、逆に、普段の日本語の精神性を失わなくなる側面もあるのかと考えています。
現代社会における変容と未来への展望
グローバル化やIT時代の到来により、日本人の精神性も少しずつ変容しています。現代の日本では、暗黙の了解だけに頼らず、明確に意思表示をすることの重要性も認識され始めています。特にビジネスの世界では、クリアな伝達やロジカルな対話が重視されるようになってきました。
また、多様性の尊重がキーワードとなる現代社会では、コミュニケーションの在り方にも新しい風が吹いています。職場での言葉遣いひとつをとっても、かつての厳格な上下関係よりもフラットで対等な雰囲気を好む傾向が見られます。敬語の使い方も、形式的な「礼儀」より相手との「心理的距離」を表現する手段として捉える若者も増えているようです。
一方で、日本語の持つ柔軟さは、こうした変化にも対応しています。SNS上の日本語表現を見ると、絵文字や「w(笑)」といった表記で感情やニュアンスを補ったり、語尾を伸ばす「〜ねぇ」や「〜かな...」のような書き方で口調を再現したりと、テキスト上でも「空気を読む」工夫がなされています。根底にある「相手への配慮」という精神性は、新しい表現形態の中にも色濃く残っているのです。
まとめ
私たちの言葉の底には「他者を思い、和を尊ぶ心」が流れており、それが時に遠回しな表現や丁寧すぎるほどの敬意となって表現されてきました。一方で、時代の流れの中でその表現は少しずつ形を変え、新しい価値観とのすり合わせを図っています。
便利さや効率が重視される未来においても、日本語が持つ温かな曖昧さや思いやりのエッセンスを大切にしながら、必要に応じて明快さや効率性も取り入れていくバランスが求められるでしょう。
言葉は生きています。日本語という生きた言葉は、過去から現在まで日本人の精神を映し出し、そしてこれからも新たな時代の日本人の心を映し続けていくに違いありません。日本語に宿る精神性を感じつつ、自分たちの言葉との対話をこれからも大切にしていきたいですね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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