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AIが語られたカンヌで、評価されたのは“人間の発想”だった 〜Creator Economy時代のブランド戦略とは〜(5/5)

Creator Economy時代のブランド戦略:VASELINE VERIFIED / VASELINE

最終回で取り上げるのは、Social & Influencer部門などでグランプリを受賞した「VASELINE VERIFIED」である。

TikTokやInstagramといったSNS上では、日々膨大な数の美容ハックやライフハックが生まれている。だがその中には、効果が曖昧なものや、場合によっては危険性を伴うものも少なくない。このプロジェクトが向き合ったのは、この我々を取り囲む現代の情報環境そのものだ。

従来のブランドであれば、こうした状況に対して「正しい情報」を発信するというアプローチを取るだろう。しかしその方法は、必ずしも機能しなくなっている。なぜなら、情報の主導権がすでに企業から個人へと移っているからだ。

かつてブランドは、「情報の発信者」であることで価値を持っていた。広告を出稿し、メッセージを届けることで市場を動かしてきた。しかし現在、情報はすでに飽和している。誰もが発信者(クリエイター)になり、アルゴリズムによって情報が増幅される環境において、「発信すること」自体の価値は相対的に低下している。

「VASELINE VERIFIED」は、この構造を正面から受け入れた。

このプロジェクトでは、SNS上で拡散されているヴァセリンの使用方法を収集し、それらを科学的に検証する。そして有効性が確認されたものには「Verified」の認証を与え、逆に危険なものについては注意喚起を行う。

つまりブランドは、「教える側」ではなく「情報を検証する側」に回ったのである。

ここで行われているのは、ブランドの役割の再定義だ。Creator Economyの時代においては、価値はコミュニティの中から生成される。人々の創意や経験がコンテンツとなり、そこに共感や模倣が連鎖する。

VASELINE VERIFIED / VASELINE

何が正しいのか。何が安全なのか。何が信頼できるのか。VASELINE VERIFIEDは、その判断の基準を提示することで、分散した情報の中に「参照点」を作り出した。これは単なるマーケティング施策ではなく、信頼のインフラを設計する試みとも言えるだろう。

まとめ

ここまでの連載で見てきたように、2025年のカンヌライオンズで行われたセミナーではAIが大きなテーマとして語られていた。しかし、受賞作を振り返ると、評価されていたのはAIそのものではなく、人間の発想によって社会や文化の構造を変えるアイデアだった。

ただしここで、一つ補足しておくべきことがある。

これらのプロジェクトが、AIを使っていたのかどうかは分からない。実際、どのケーススタディを見ても、AIの使用について明確に言及されているわけではない。リサーチやプロトタイピングの過程でAIが活用されていた可能性は高いだろう。

しかし重要なのは、そこではない。

問題は、AIが何かを“作る”ことができる時代においても、「何を作るべきか」という問いは依然として人間が定義しているという点にある。

ここで改めて、これまでの4つの事例を振り返ってみたい。

NIGHT FISHINGは、車をカメラとして使うという発想によって、広告を映画へと拡張した。
LUCKY YATRAは、罰則を宝くじに変えることで、人の行動そのものを書き換えた。
CAPTION WITH INTENTIONは、字幕を「読むもの」から「感じるもの」へと変え、体験の質を再設計した。
SOUNDS RIGHTは、自然をアーティストとして再定義し、環境問題を文化の中に溶け込ませた。

いずれも共通しているのは、既存の前提を疑い、それを書き換え、再定義するところから始まっている点である。

AIがあらゆるコンテンツを生成できる時代において、価値は情報の量や速度ではなく、その選択と意味づけに宿るだろう。人が何を信じるのか、何を選ぶのか、その基準をどのように設計するのか。

そこにこそ、これからのクリエイティブの領域があるのではないか。

この連載の冒頭で、「AIが語られたカンヌで、評価されたのは人間の発想だった」と書いた。しかしより正確に言えば、評価されたのは「人間が問いを再定義する力」だったのかもしれない。

問いを作ること。
意味を再定義すること。
人とブランドの関係を設計すること。

それらはまだ、人間にしかできない仕事である。

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阿部光史 mitsushi abe 書く時間は、僕にとって小さな実験室です。 サポートいただけたら、新しい思考と、おいしいコーヒーを少しだけ増やせます。 いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。