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hiyokodou
「真面目だね」と言われるのが嫌だった
真面目だね、と言われるのが嫌だった。
何が嫌なのか、言葉では上手く説明できないのだけれど。
私はどちらかと言うと、授業は真剣に受けていたし、校則などのルールもしっかり守りたいタイプの人間だった。
「真面目だね」と言われるときは、そういう話題が上っていることが多かったように思う。
なんだろう、「真面目」と言う言葉には、そういう私が大切にしている部分を否定するニュアンスが含まれているように感じていたのだ。
中学生の頃読んでいたファッション誌の読者コーナーにも、「どうしてなのかわからないが」と前置きしつつ、同じ悩みを投稿している人がいた。
編集部からは「僕は真面目と言われて悪い気はしないです。真面目とは、ポジティブな表現だから」とコメントが付いていた。
「真面目とは、ポジティブな表現」
それはそうなのだが、この投稿者は、私と同じ種類の上手く表現できないもやもやを抱えているのだな、と思った。
そして、きっと同じような人は、少なからずいるのだろう。
これを書いていて気づいたが、20代になってから、「真面目だね」という言葉に抵抗が無くなった。
「真面目」という言葉に、否定的なニュアンスを感じなくなったのだ。
「真面目だね」と言われるのが嫌な人のもやもやって、どこから生まれてくるのだろう。
心理学者に聞けば、原因を教えてくれるのかな。
◇追記
「真面目」と言われるのが嫌な理由について、10代の頃で思考が止まっていたのですが、この記事を投稿したあとアラサーの視点で改めて考えてみたら、色々思うことが出てきたので、また気が向いたらnoteにまとめる、かも。
