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「短編小説」 《 死 後 プ ラ ン 》

 生命保険相互会社勤務のその男は、人生のすべてを「段取り」で生きていた。
 朝は六時に起床。七時に家を出る。電車は三両目ドア付近。昼は日替わりメニューの決まった弁当。帰宅は十九時三十分。入浴、読書、就寝。すべて段取り通り。例外はなかった。

 それは会社でも同じだった。
 資料は完璧。ミスはない。どんな会議でも時間通りに始め、予定通り終わらせる。
 上司からは「信頼できる男」と言われ、部下からは「隙のない人」と距離を置かれた。それは彼に対する高評価でもあり、蔑みでもあった。

 顧客からの信頼は厚い。ここ20年あまり、誕生から葬儀直前に至るまで、完璧な計画を提案、販売し、彼に任せる人生設計は、どれも例外なく見事なまでの終焉で閉じられる。すべて契約者本人の意向通り。
 そして、その完璧な噂が噂を呼び、顧客は更に増え、男はその功績により、現在は企画管理室長。そんな彼も、もう59歳。

 ある日、会社の同僚が急死した。なんとなくの、無軌道と成り行きで生きていた人物で、几帳面と計画で生きる男とは真逆のタイプ。
 
 人生が終わってしまった後にまで興味を持てなかった男は、今まで葬儀等出席した事もなかったのだが、急死した彼とは同郷でもあり、遺族からの、是非、と言う挨拶も受け、今回葬儀に、はじめて顔を出す事になった。
 
 葬儀に出席した男は、会場のざわめきの中、ふと違和感を覚えた。
 遺影。花の配置。進行。死因は彼の持病だとの噂(噂……)どれも形だけは一通り整っているようだが、何もかも、どこか曖昧で雑然とし、てきとうなのが目につく。
 すべてに統一性がなく、死んだ者に対する何の表明も尊厳も感じられない。
 無言でスマートフォンを見つめる者。トイレ近くにたむろし、声を出し笑っている者。哀しそうにしている人がいないでもないが、社内で、あれだけ親密にしていた同僚や部下の出席がほとんど無い。上司の出席は皆無。
 親族も疎らで、喪主が誰かもおぼつかず、誰がこの葬儀を段取りし、仕切っているのかさえ不明。ここは生前の彼の為に集まっているのではなく、なんとなく喪服を着ている別のグループが、雑然とそこに紛れ込んでいるだけ、と言った印象。本人がいたら怒るに違いない。

 「……ずいぶんと、雑だな。雑過ぎる」
 
 思わず口にした男は、なお、観察を続けながら考えた。
 人の最期を飾る重要な場面が、こんなにも無計画で曖昧で適当で良いのか(こんな終わり方……)
 男はその帰り道で決めた。
 (今まで考えた事も無かったが、自分の死は完璧に設計、段取しておかなければ……生前の自分に申し訳ない) 
 
 それから男は、企画室長としての仕事とは別に、ライフ・エンド・プランナーとして、まず自分をモデルにした「死後プラン」の策定に時間を割いた。

 パソコンに向かい、プラン項目を分ける。考えてみれば極普通の事かも知れない。
 いつになるかわからない自分の葬儀を、自分で喪主のようにキッチリ、すべてを完璧に決めると言う点を除けば……。
 
 葬儀会場。
 出席者の席順。
 花の種類と色。
 流す音楽。
 進行路線。
 タイム・ライン
 当然、参列者リスト。

「部長は来る。あの人は義理堅い」
「営業の佐々木は来ない。面倒を嫌う」
「となると、確かめたり予約も出来ないが、出席者は延べ200名くらいだろうか」
「訃報はいつ、誰に、どのような形で知らせるのか。決めておいた方が良い。出席の為、各々の行動パターン解析が必要だ」
「席順も必要。この前の友人の葬儀では、入り混じった親族が気まずい思いをしていた」
「インテリア、備品の種類、色調。どの角度でどう配置するか、それによって、死んだ私からの最終メッセージを浮き彫りにする」
「音楽は重要だ、計画通りの私の生涯を完璧に映しだす完璧な楽曲」

 ページは次々と埋まっていく。だがやがて、男は一つの項目で行き詰まった。

『誰が泣くのか』

 男はキーボードから手を離し、少し考えた。
 妻や子供は、もしかしたら泣くかも知れない。だが計画倒れと言う事もある。母はすでに他界している。
 父とは疎遠。来るかどうかもわからない。兄弟はいない。確実に泣く主役としては、誰の設定が適当なのか?男は自分の周りをじっくりと思い浮かべ計画となるべき人物の策定を念入りに真剣に行う。

(いつも私の営業成績を楽しみにし、喜んでくれていた部長は、泣くかも……だがもう現場ではないし、過去の功績は忘れてるか)
 
 部長、と打ち込んだ。だが、どこかしっくりこなかった。
 彼は何度も出席予定リストの画面を見直した。だが、確信を持って
 『間違いなくこの人は泣く』と言える名前がなかった。
 それでも彼は、キーボードを打ち続けた。完璧でなければならない。誰かが私の為に泣くのだ。それが人生最後の計画なのだから。男は見つからない答えを探し、何日も、何日も考え模索し続けた……。

 それからわずか数ヶ月後。男は、静かに死んだ。
 病室の窓から見える空は、やけに澄んでいた。
 医師は言った。

「穏やかな最期でした」

 男が計画した通りの終わり方だった事を、医師が証言した。

 葬儀は、男が立てていた段取り通りに進められた。
 会場はもちろん指定された場所と時間。
 雰囲気は派手でもなく地味でもない。万人受けだが彼の構想通り。
 花は白を基調に、わずかな青。
 喪主ははっきりしてたし、参列者出席も申し分ない。
 音楽は彼の終わりにふさわしい、もの静かなピアノでのレクイエム。

 すべてが、段取り通り、完璧に、正確に、静かに展開されていた。規定通りに綺麗に関係者別に並んでいる席順。混雑もなく、何もかもが極めてスムーズで、しめやかなムードを漂わせる。
 だが……そのほとんどは腕時計を気にし、ある者達はお互いにささやく。

「仕事が立て込んでてな、こんな時に亡くなるなんて」
「俺もだ、後は喪主へ顔だけ出して帰るよ」
「一生に一度かも知れないけど、この式次第、長すぎだよな」

 そんな小声が、会場のあちこちで交わされていた。
 頼みの綱、かつての上司、部長も来ていた。まるで泣いていなかった。ただ、能面のような表情で形式的に焼香を済ませ、深く頭を下げるフリをしただけ。
 男がパソコンに向かい、必死になって模索し、書こうとしていた『涙』は、どこにもない。その計画の空欄を埋める間もなく、男は死んでいる。
 結局、男の涙プランは立案されないまま。

 司会者は、男が作っていた式次第終盤に差しかかり、
 『とにかく誰か泣いている人を探し出し、理由を聞け』
 と、叫ぶように赤字で書かれてある文面を見ながら、マイクに向かい、仕方なく面倒臭そうに言った。

「最後に、故人の思い出を語りたい方はこちらへ――」

 ……誰も立ち上がらなかった。
 沈黙とともに、今すぐにでも帰りたい参列者達の困惑が会場を覆った。それは重く、冷たい淀みになって柱時計の音だけを響かせる。
(もともと、この空欄を司会に任せるなんてふざけてる……こんなプランってあるかよ)
 
 司会者が諦めかけ、マイクを握りなおしたそのとき。後方入口の扉が、静かに開いた。
 ……モップ片手に灰色の作業着を着た中年女性が入ってきた。制服からして、男が勤務していた会社の清掃員のようだった。女性は場違いを恥じ入るように戸惑いながらゆっくり進み、会場の中央で立ち止まった。

「……あの、すみません」

 一斉に、女性に目を向けた参列者達は、冷たく傍観するだけで、誰も何も応えない。
 (もう清掃?)と勘違いする者もいた。
 あまりにも意外で、浮いた光景に司会者は呆然とした。
 女性は会場の横にも掲げられてた遺影を見ながら顔を歪ませた。

「……あの方、亡くなったんですね」

 小さな声だった。女性はそのままゆっくりと献花台へ進んだ。手にはモップ。花も何も持っていない。ただ、哀しさで震えていた。
 彼女は祭壇の前に立った。そして、突然、泣き崩れた。
 会場の空気が変わった。誰もが彼女を見ている。彼女は涙を拭こうともせず、言葉を続けた。

 「声かけてくれる人などいない私に、毎朝必ず、同じ時間に会って、おはようございます。って……」

 早く終わりたい会場は、
(なんだこれは、何かの茶番か。だからそれがどうした)
と言う、声に出せない冷笑の空気を女性に浴びせかけた。

 「この方、決まって、毎朝声かけてくれていたあの日、当時、生活にも困っていた私を助けてくれたんです。
 『君が抱えている問題や、君が解決の為一生懸命なのを聞いてしまった。立ち入って失礼かも知れないし、これは私の勝手な思いなのだが、たまには計画に無い事をやってみるのも良いだろう。ぜひこれを遣ってくれたまえ。返す必要はないから』
 笑顔で差し出されたそれは、私にとって大金でした」

 あっけに取られながら静まり返った会場に、女性の声だけが響いた。

 それは男の人生の中、唯一の気まぐれだった。もちろん、この葬儀の計画にも、どこにも無い。男はそんな事すら、もう憶えていないだろう。だが埋める事の出来なかった空欄が、まるでそれが計画だったかのように、ピタリと埋まった。
 
 彼女は最後に、背中を揺らし、心からの涙を流しながら、祭壇に向かい、祈るように小さく言った。

「……あの時は、娘と私を生かしてくださって。本当にありがとうございました。あなたがいたから、今、私達は生きています」

 その言葉は、静まりかえった会場の隅々にまで響き、何よりも深く、まっすぐに、男の葬儀のすべてを完璧に飾った。

 ほぼ計画通りの式。だが、そこにあったのは、計画には無かった事だった。誰かと関わったほんの一瞬の出来事が、彼の生涯のすべてを壮大に美しく計画以上の物語に仕上げていた。男がいたら、さぞかし驚き、喜んだに違いない。

 男の勲章のような女性の涙の輝きを思いながら、参列者達は会場を後にし、それぞれ自分の計画の中へ帰って行く。
 
 男は、自分の「死後プラン」を、見事に全うしていた。


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