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弟ポジ #05

休日にしては珍しく、和が実家へ帰ってきていた。リビングで母さんと他愛もない話をしながらお菓子をつまみ、俺はテーブルで大学の課題を進めている。家の中には穏やかな空気が流れていた。

和:あっ、そういえばさ。

不意に和がこちらを向く。

和:今度ライブあるけど来る?

ペンを動かしていた手が止まった。


ライブ。

つまり、和だけじゃない。

……咲月もいる。


胸の奥が高鳴るのがわかった。

◯:あ〜……

カレンダーなんか見ながら、なるべく考えているような間を作る。

◯:じゃあ、行こっかな。

和:おっ、珍しいじゃん。いつもは「暇だったらな」とかなのに。

◯:…たまには。

和:了解〜。じゃあ席取っとくね。

◯:よろしく。

それだけの会話だった。俺は何事もなかったように課題へ視線を戻す。

けれど、もはやノートに書かれた文字は頭に入ってこなかった。

(……会える。)

その事実だけで、少しだけ気持ちが浮ついていた。



なんだか落ち着かない日々はすぐに過ぎて、ライブ当日。会場へ近づくにつれて、人の波が増えていく。

グッズを身につけた人たち。写真を撮り合う人たち。聞こえてくる楽しそうな声。

何度か姉に誘われて家族で来たことはある。でも今日は、今までとは少しだけ景色が違って見えた。


席に座ってステージを眺めていると、間もなく照明が落ち、ナレーションが流れ始めた。会場中を包む歓声。その熱気に押されるように、鼓動も少し速くなった。

そして、音楽とともにメンバーが姿を現す。

自然と和を探す。すぐに見つかった。姉はいつも通り、ステージの上で堂々と笑っている。


……なのに。

気づけば、その隣に目をやっていた。


咲月。

家で会った時とはまるで違う。スポットライトを浴びながら歌い、踊り、観客へ笑顔を届けている。

あの時は親しみやすい女の子だった。でも今は、誰かの憧れになるために立つ、一人のアイドルだった。

(……すごいな。)

テレビでは何度も見てきた。それなのに、生で見る姿はまるで違う。

一つ一つの表情が輝いて見えた。

曲が終わるたび、自然と拍手を送っている自分がいた。



ライブも中盤に差し掛かり、メンバーが客席へ手を振りながら歩いてくる演出があった。

歓声がさらに大きくなる。

俺も何となくステージを見上げていた。


その時だった。

咲月の視線が、こちらへ向く。一瞬だけ、本当に一瞬だけ目が合った。

咲:あっ!!

そんな表情をした気がした。

次の瞬間。咲月がふわっと笑う。そして、大きく手を振った。

◯:(……え!?)

頭が真っ白になる。

俺の後ろの人へ振ったのかもしれない。

隣かもしれない。

そう思おうとした。

でも。

咲月はもう一度だけこちらを見て、軽く頷くように笑った。

そのまま次の方向へ歩いていく。ほんの数秒。それだけだった。でも胸の鼓動は、しばらく元に戻らなかった。


(……覚えててくれたんだ…)

和の弟。きっと、それだけだ。特別な意味なんて何一つない。

それでも、あの日、家で会ったことを覚えていてくれた。その事実だけで十分だった。

ライブが続いている。歌もダンスも変わらず素晴らしい。なのに俺は、さっきの数秒を何度も思い返してしまっていた。



終演後。人の流れに合わせて駅へ向かく。周りではライブの感想を楽しそうに話す声が飛び交っていた。

「今日のあの曲よかったね。」

「最後の演出泣いた。」

そんな会話を聞きながら歩く。


俺の頭の中では、別の映像が何度も再生されていた。

ステージ、照明、歌声。そして。

目が合った瞬間。咲月の笑顔。小さく振ってくれた手。

ただ、それだけ。それだけなのに、思い出すたびに顔が緩んでしまう。

自分でも単純だと思う。でも、その気持ちはどうにもならなかった。



家へ帰り、風呂を済ませて部屋へ戻る。

ベッドへ腰を下ろしたところで、スマホが震えた。通知には見慣れた名前。咲月からのトークだった。

咲M:今日はライブありがとうございました〜!いっぱい声届いてたよ!

写真が添えられている。ライブ衣装のまま、満面の笑みでピースをする咲月。

◯:(……今日会ったばっかりなのに。)

思わず笑ってしまう。

もちろん、このメッセージは俺だけに送られたものじゃない。ファンみんなへ向けたものだ。

分かっている。

ちゃんと分かっている。

それでも、今日のライブを思い出しながら見るその一枚は、昼間とは少し違って見えた。


スマホを置いて、天井を見上げる。

リビングで初めて会った日、食卓で笑っていた姿。

「先生向いてそう。」

「応援してる。」

そして今日、ステージの上で見せた笑顔。

目が合った瞬間、小さく手を振ってくれたこと。

一つ一つの記憶が自然とつながっていく。

好きなのか。恋なのか。そんなことは、まだ分からない。

でも、一つだけ、はっきりしたことがあった。

◯:(……また、会いたい。)

また話したい。また笑っているところを見たい。その願いはもう、「少し気になる」では説明できないくらい大きくなっていた。


あの日、何気なく開いた家のドア。

あの瞬間から始まったこの気持ちは、もう止めようと思って止まるものではなかった。


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