弟ポジ #番外編 〜見てんだぞ〜
休日の午後。久しぶりに実家へ帰ると、リビングには見慣れた二人の姿があった。
ソファへ並んで座る◯◯と咲月。テレビを見ているだけなのに、顔を見合わせて笑っている。
咲:これ、この前テレビで紹介されてたやつだよね。
◯:うん、今度行ってみます?
咲:行きたい!
その返事と同時に、咲月が自然に◯◯の肩へ寄りかかる。◯◯も何事もないように笑っていた。
和は少し離れた椅子へ腰掛け、その様子を眺める。
和:(……やれやれ。)
アイドルを卒業して付き合い始めてからというもの、この二人は隠す気がまるでない。昔は目を合わせるだけでぎこちなかったくせに。
和:(しょうがないなぁ、この二人。)

そう思った瞬間、自然と昔のことを思い出していた。
***
◯◯が大学一年の春。その日、初めて咲月を家へ連れてきた。家族で楽しく話して、時間が経つのがあっという間だった。
帰る咲月を玄関まで見送った後リビングへ戻ると、◯◯はソファに座ったまま、どこかぼんやりしていた。テレビは点いているのに、まったく見ていない。
和:(……あ。)
なんとなく、察した。特に感が鋭い方ではないが、滅多にない事ゆえ分かりやすい。
その次に実家に帰った時、夕食を食べながら、何気ない顔で口を開いた。
和:そういえばさー。
◯:ん?
和:またさっちゃん連れてこようかな。
◯◯の箸が一瞬止まった。ほんの一瞬だけ目が輝く。すぐに平静を装い、
◯:ああ…いいんじゃない?
とだけ答えた。
和:(はい、確定。)

危うく笑いそうになった。
さらに次の帰省の時。今度はリビングで漫画を読んでいる◯◯へ。
和:来週あたり遊びに来るかも。
◯:へぇ。
返事は淡白。でもその日の夜、珍しく自分の部屋を片付け始めていた。
和:(分かりやすすぎるでしょ。)
おそらく恋愛経験のない弟。一目惚れなんて、全部顔に出ている。
姉としては少し心配。でも、それ以上に面白かった。
***
それから少し経った頃。再び咲月を家に誘った時、私は違和感を覚え始めた。
以前なら咲月が来る日はどこか落ち着かなかった◯◯が、急に静かになった。
逆に静かすぎる。無理に普通を装っているようにも見えた。
咲月も同じだった。
笑顔は変わらない。でも、◯◯と自然に話していた空気が少しだけぎこちない。
目が合えば、どちらからともなく逸らしてしまう。
和:(……何かあったな。)

家庭教師見学ミッションのときはあんなに楽しそうだったのに。
でも、詳しくは聞かなかった。聞けば答えてくれるかもしれない。でも、それは違う気がした。
恋愛は本人たちのもの。姉だからって、全部踏み込んでいいわけじゃない。
帰り際、咲月はいつも通り笑って、
咲:ありがとうございました!
と頭を下げて帰っていく。◯◯も、
◯:また。
と笑って見送る。
何も変わっていない。でも、何かが変わっていた。
和:(大丈夫かな。)

少しだけ弟が心配になった。だから、この時はからかうのをやめた。
***
咲月を家に誘うことを止め、ひたすら見守ることに徹していたが、大きな変化はなく数年が経った。
そんな時、◯◯が教育実習へ行っている学校の文化祭を、咲月と一緒に取材することになった。
教師らしく生徒たちへ囲まれる◯◯。楽しそうに笑いながら走り回っている。
そんな姿を、咲月はずっと目で追っていた。
和:(……あ。)
その視線は、なんだか昔とは違っている気がした。
帰り道。二人で歩きながら聞いてみる。
和:今日どうだった?
咲:うん、楽しかった。生徒さんたち、頑張ってたね。
そう答えたあと。咲月はもう一度だけ学校の方を振り返った。
和:(…なるほどね。)
あえて◯◯のことは何も言ってこないあたり、やっぱりわかりやすい。本人はまだ気付いていない。でも、好きになり始めているんだろうな。
実家へ帰ってみても、◯◯へは何も言わなかった。ただ一言だけ。
和:教育実習、お疲れ。
◯:ありがとう。
それだけ。
和:(……◯◯、頑張れ!)

心の中だけで、そっと応援した。
*
さらに数日後、仕事の控室。咲月が真剣な顔で切り出してきた。
咲:ねぇ、和…
和:ん?
咲:私ね……◯◯くんのこと、好きなのかもしれない。
少し照れながら話す。こっちはもうとっくに分かってるのに、一世一代の告白みたいに言ってくるのが面白くて、私は思わず笑ってしまった。
和:やっと気付いたかぁ。
咲:えっ?
和:遅いよ〜。
咲:そ、そんな分かりやすかった?
和:かなり。
咲月が恥ずかしそうに顔を隠す。
和:文化祭終わってから、◯◯の話しかしてなかったじゃん。

咲:えぇ…ホントに?
和:ホントに。
咲:うわぁ……
顔を真っ赤にして首をブンブン振っている。また思わず吹き出した。
和:本人だけ気付いてなかったんだ。
咲:もう!
クッションが飛んでくる。笑いながら受け止める。
でも、そのあとすぐ真面目な顔になった。
咲:でも…やっぱり今は付き合えない。
その声には迷いがなかった。キャプテンとして最後までやり切る。その決意が伝わってくる。
私も静かに頷いた。
和:(やっぱり、さっちゃんらしい。)
だからこそ、◯◯もずっと好きだったんだろう。そんな気がした。
***
気付けば、回想は終わっていた。目の前では、付き合って数か月の二人が相変わらず笑っている。
◯:これ食べます?
咲:あっ、食べる!
一つしかないお菓子を、二人で半分こ。その距離が近い。近すぎる。
和:(高校生か。)

三十手前だよね?二人とも。
その光景を見てお母さんまで笑っている。
母:仲良しねぇ。
咲:えへへ。そうなんです〜!
◯◯は少し照れている。でも、否定したりはしない。
和:(大学一年の頃、お茶こぼしそうになってた人とは思えない。)
思わずため息が漏れる。
和:ねぇ…
◯咲:ん?
和:私もお母さんもいるんだけど。

咲:あっ。
◯:…失礼。
ちゃんと謝る。
……と思った次の瞬間、また二人で目を合わせて笑っていた。
和:(全然反省してないし。)
思わず吹き出す。
八年前、咲月に一目惚れした弟。
夢を選んだ親友。
遠回りして、何年もかけて、ようやく隣に並んだ。だったら、これくらいは許してあげてもいいのかも。
和:……やれやれ。
小さく笑う。
和:しょうがないなぁ。
その呟きに反応したように、◯◯と咲月が同時にこちらを向く。
◯:何が?
咲:どうしたの?
その息ぴったりのタイミングに、和はもう一度ため息をついた。
和:……勝手に幸せになってください。

◯:ありがとう。
咲:ありがとう!
また同時だった。
和:(息までぴったりか。)
笑い声がリビングいっぱいに広がる。その輪の中で和も笑いながら思う。
この二人なら、きっとこれからも大丈夫。そう思えるくらい、今の二人は幸せそうだった。
