弟ポジ #13
朝から学校はどこか落ち着かなかった。文化祭まで残りわずか。今日はテレビ番組の取材が入るということで、先生たちも朝から慌ただしく動いている。
職員室で資料を整理していると、担当教員がこちらへやってきた。
先:◯◯、悪いけど今日は取材班の手伝いもお願いしていいか?
◯:はい。
先:すまんな、何でも屋で。
苦笑しながら肩を叩かれる。
先:校内の案内とか、撮影場所の準備とか。学校側との連絡役を頼む。
◯:分かりました。
教育実習も二週目に入り、雑用にも少しずつ慣れてきた。教師という仕事は授業だけではない。行事の準備も、来客対応も、生徒が安心して学校生活を送れるよう支える大切な仕事だ。
ほどなくして、校門前へテレビクルーを迎えに向かう。大きなカメラを抱えたスタッフが次々と校内へ入ってくる。その後ろから見慣れた二人の姿が現れた。
姉でもある和。そして……咲月。
咲月は校門をくぐった瞬間、こちらを見て目を見開いた。
咲:(……え…!)
一瞬だけ驚きが浮かぶ。けれど、それもほんの一瞬だった。
ス:本日はよろしくお願いします!
咲:よろしくお願いします!

すぐに柔らかな笑顔へ戻り、スタッフや先生方へ丁寧に頭を下げる。その切り替えの早さに、思わず感心してしまった。
和もこちらへ視線を向けるが、少し口角を上げる程度だった。お互い、仕事中。ここでは姉弟ではなく、教育実習生と番組出演者。こちらは事前にも話していた通り、お互い余計なことは言わない。
◯:本日はよろしくお願いします。撮影場所までご案内します。
咲:よろしくお願いします。
それだけ交わし、一行は校舎の中へ歩き始めた。
*
最初は文化祭実行委員会。続いて模擬店準備。各教室を順番に回りながら撮影が進んでいく。先生やスタッフが先頭を歩き、その少し後ろを◯◯と咲月が歩いていた。
人の流れが少し緩んだところで、咲月が小さな声で話しかけてきた。
咲:教育実習なんだって?
◯:はい。三週間だけです。
咲:そっか。
少しだけ笑う。
咲:先生に近づいてるんだね。

その言葉が素直に嬉しかった。
◯:少しずつですけど。
今度はこちらから口を開く。
◯:言ってなかったですけど、キャプテン、おめでとうございます。
少し前に、咲月が乃木坂46のキャプテンに就任したことが発表されていた。咲月は少し照れたように笑った。
咲:ありがとう。
◯:テレビで見ました。
咲:まだ慣れないけどね。
少し肩をすくめる。
咲:でも、みんなをまとめられるよう頑張ってる。
その表情は三年前より少し大きく見えた。アイドルとして積み重ねてきた時間が、自然と人を成長させるのだろう。
ス:菅原さん、次こちらお願いしまーす!
咲:はーい!
短い会話はそれで終わった。特別な言葉は何もない。それでも、不思議と心は穏やかだった。
出会ったときは緊張で何も話せなかったのが懐かしい。でも今は、お互い仕事を頑張る一人として向き合えている気がした。
*
撮影は順調に進んでいく。文化祭へ向けて巨大な看板を作るクラス、段ボールで迷路を組み立てる生徒たち、模擬店の試作品を作っている教室。和は持ち前の軽快さで、生徒たちへ次々と話しかけていった。
和:これ全部手作りなの!?

生:はい!
和:えー!すごーい!ドラマのセットみたいだよ!
一方の咲月は、一人一人の話を丁寧に聞いていた。
咲:準備、大変?
生:はい。でも楽しいです!
咲:その気持ち、大事だね!
緊張していた生徒も、気づけば自然に笑っている。
◯◯は撮影しやすいよう机を動かしたり、先生へ次の撮影場所を確認したりと、裏方として走り回っていた。その合間にも、ふと二人の姿が目に入る。和は場を盛り上げる。咲月は相手の言葉を引き出す。役割は違う。でも、どちらもプロだった。
*
最後の撮影場所は体育館だった。文化祭で発表を行うダンス部。もちろんその中には晃菜の姿もある。
ス:最後は乃木坂46のお二人と一緒に練習していただきます!
部員たちから歓声が上がる。
和:今日はよろしくお願いします!

咲:一緒に楽しもうね!
まずはダンス部の演技披露。音楽が流れ、一斉に踊り始める。晃菜もセンター付近で堂々と踊っていた。家庭教師をしていたころの面影は残っている。でも、その動きには三年間積み重ねてきた自信が感じられた。
演技が終わると拍手が起こった。
ス:ありがとうございました!
和:すごいね!
咲月も大きく頷いた。
咲:うん!みんな本当に上手!
部員たちの表情が少し緩む。
咲:じゃあ…ちょっとだけ、アドバイスさせてもらってもいいかな?
部員たちが真剣な表情になる。
咲:手を伸ばす時、指先まで意識してみて。あと目線。最後までしっかり前を見るだけで印象が変わるよ。前にいるお客さんの目を見てもいいかも!

和も続ける。
和:フォーメーション移動も、ただ歩くんじゃなくて、お客さんに見られてる意識で動くともっと綺麗になるかな。
部員たちは何度も頷きながら聞いていた。
もう一度音楽が流れる。さっきと同じ振付なのに、指先、目線、立ち姿。ほんの少し変わっただけで、空気そのものが変わって見えた。
スタッフからも感嘆の声が漏れる。
ス:すごい…随分変わるんですね。
◯◯も思わず見入っていた。
◯:(やっぱりプロってすごいな。)
技術だけじゃない。「どう見せれば伝わるか」。そこまで考え抜いているからこその一言だった。
*
撮影は無事終了した。スタッフたちが機材を片付け始め、部員たちもそれぞれ帰り支度を始める。晃菜がこちらへ駆け寄ってきた。
晃:先生!
◯:お疲れさま。
晃:すごかったですね!
興奮がまだ冷めない様子で体育館を振り返る。
晃:同じ振付なのに、あんなに変わるなんて思いませんでした。
◯:うん。やっぱりプロはすごいね。
晃:はい!

その返事には、憧れが詰まっていた。
少し離れた場所では、咲月がスタッフと次の打ち合わせをしている。キャプテンとしてメンバーへ声を掛け、スタッフとも丁寧に確認を重ねる姿は、三年前よりずっと頼もしく見えた。
教師を目指す自分。
キャプテンとしてグループを引っ張る咲月。
歩く道は違う。それでも、お互いに夢へ向かって進み続けている。そのことが、なぜだか少しだけ嬉しかった。
間もなく文化祭本番。新しい季節が、静かに動き始めていた。
