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漆喰とマホガニー 第14章 エンディング

第十四章 エンディング

「軽トラだけど、安定してるでしょ。ホンダ・アクティ。いい車だけどもう製造停止で、荷台付きは乗り潰す人が多いのか、中古でもあんまり出てこない。カーゴにすれば価格は落ちるんだけど、なんとなく荷台に材木積んで走る未来しか見えなくて、買うならこれかなって。ホロかければキャンプできるし。院生時代バイトで行ったお寺さんで、畑作業用に買ったけど車庫に眠ってるっていうのを聞いて、いい値で譲ってもらった」

そういえば軽トラって、高速も走れるのかと聞いただけなのに、愛車自慢を聞かされてしまった。
怜は免許を持っていないので、車を買う時の人の心理はわからない。でも、それなりの金額の買い物、自分の趣向に合うものを選べると嬉しいものだ。

「怜さんは坊主めくりやったりした?今入ったの、ここは蝉丸トンネル。旧逢坂山隧道の坑口が一つ、この近くに残ってて、綺麗な『馬蹄形(ばていけい)アーチ』だよ。でも、気持ち馬蹄よりもう少し正円に近い印象かな。蝉丸の句にある『逢坂の関』、逢坂山をぶち抜いて、日本人技術者だけで完成させた、日本初の本格的な山岳鉄道トンネル」

「蝉丸、そんなに引かなかったな。掛け言葉の『逢坂』が『大阪』じゃないのかとか言ってたのは覚えてる。関西には修学旅行でしか行ってなかった頃だから、無知だった」

「僕は引きまくった。『これは坊さんやない!』って叫んで、よう正月から泣いとった。悔しいから図書館で何者か調べた」

関所の『逢坂』と言う名前と、日々繰り返される人々の往来、出会いの逢う(会う)を掛けた句だと習ったな。

トンネルが切れたかと思ったら、また別のトンネルに入る。

山をぶち抜いた今では、そんな風情は微塵も感じられないけれど、難所を越えやすくしたからこそ、「行くも帰るも」が容易になって、知らぬ人が知る人になる。

「米原には8時半ぐらいには着ける。ここ抜けたらサービスエリアに寄りますね」

大津トンネルを抜けるとすぐ、左手に琵琶湖があるという。気にして暗がりに目を凝らしていたら、左折してあっという間に大津サービスエリアに入った。「10分間自由行動で、軽トラを駐車した目の前の展望広場に集合」と決めて一時解散。

琵琶湖の黒い水面が視界の奥まで広がる。湖畔の街の明かりを辿ると、湖の形がなんとなく把握できるよう。あの横に転々とつづく光のラインが琵琶湖大橋だったとしたら、その左の奥の方に、栂野社長の「TOGANO RESORT & SPA」琵琶湖リゾートがあるんだろうなと見当をつけた。

夜景に吸い込まれそうな程集中していた怜を、スマホの振動が引き戻した。薄暗がりに光る液晶には、掛田の名前が表示されていた。

「はい、境野です。今東京に戻るところです」

今の状況を説明するのが面倒で、先手を打ってざっくり戻っていることだけ伝える。大体もう勤務時間外だ。掛田はそこら辺はしっかりしていて、至急の連絡がなければ、18時過ぎに通話連絡を入れてくることはない。何かあってもLINEで済ませるか、翌朝伝えられびっくりするぐらいだ。

「だろうな。すまん、こんな時間に会社の人間から連絡来るの、いやだろう。俺なら速攻切るけどな。でも、切らないでくれよ」

前置きが長いのは、何か本当に至急案件があったのだろう。

「切りませんよ。バッテリーもまだありますから。何か至急ですか?」

「至急ではないが、来たよ」

「誰が?来たんです?」

「栂野社長から、さっき連絡が来た。『究極の和風ウェルネスリゾート』、岐阜がなんとか目処立ってきたからって、来期来るぞ」

ついに来たか。昨年夏、出張明けに筋肉痛覚悟で行った『栂野古美術館』での経験が、昨日のことのように鮮明に蘇る。暗がりからこちらに向かって、凉久が歩いてくるのが見える。

「そうですか!日本庭園と茶室はどうするんです?洗心庵、移動したり撤去したりするつもりでしょうか」

「そこは平行線だな。撤去はないな、端っこに詰めて、サウナ施設をドンって感じにする構想は変わってない。微妙に高級住宅街と商業施設街の境の位置だからな。外観はあのままで『1回ん万円の完全会員制・完全個室サウナリゾート』にすれば、近隣の苦情も最小限だろうし、茶室はアイコン的にうまく使って、VIP専用休憩室とか、外気浴スペースにしてもいいなとか言ってる」

「では、栂野社長はまた、荒木棟梁と大棟梁に頼んで、ちゃっちゃと移動してもらおうと思ってるってことですね」

「だな。またこの話がリアルに出てくるから、後出しだって怒られないように、時間外だが連絡させてもらったわけだ」

仕事の話だと察してくれたのか、凉久は後ろのベンチに腰掛けて、白いレジ袋の中をのぞいている。

「いえ、ありがとうございます。明日詳細聞かせてください」

「明日は栂野社長が来るぞ。境野、まだ直接会ってないよな。現場ですれ違っただけだから、改めて紹介するぞ」

そっちの心構えか!それを明日言われたら……後出しの当日対応、怒るな。

「うわ。とりあえず了解です。あの……」

「おお、言ってみ」

話しながら、凉久の座るベンチに近づくと、彼は顔を上げ、怜に白い包みを差し出した。

「もしですよ、動かす前に……茶室を移動する話をする前に、あの邪魔な蔦を全部ひっぺがしてですね、外壁の状態を見てもらって、中の壁、荒壁……」

凉久の顔をチラッと見る。コロッケだろうか?齧りながら、頷いているようにも見える。

「時間をかけて、丁寧に、綺麗に仕上げられてるんですよ。誰かが来るのを待ってるみたいに、経年で少し痛んではいるけど、密閉されていたわけではなく、でも雨風は最低限防げている。あんなに小さな草庵なのに。なので、まず現場に行って、庭をある程度整えて……庭師を入れる時間はないから、せめて雑草抜くとかちょっと枝払うだけで良いんです。それから、ちゃんと風を通して、中に入ってお話できませんか……なんて、栂野社長に言ってしまっても、いいんでしょうか」

少しだけ間をおいて、掛田が答えた。

「良いと思うぞ。触った感じが大切なんだろ。俺、うちに剪定ばさみあったと思う。確か物置に……あれ?屋根裏に入れちゃったかな?」

移動しながら話しているのか、ガサガサとノイズがする。微かに子供の声も聞こえる。

「すまん、たぶんガレージかも。見てくるわ。じゃ、明日な!」

怜の返事を待たず、通話が切られた。相変わらず一方的な上司だ。

差し出されたまま、まだ受け取れなかった包み。スマホをバッグにしまい受け取ると、ふわっと温かい。

「近江牛コロッケ、メンチカツと悩んだんだけど、やっぱコロッケかなって。その場で揚げてくれたから、ちょっと遅れてしまった。5分後出発で」

「ありがとう。いくらかな?」

「いえいえ。米原で余裕あったら、ペットボトルのお茶でも奢ってください」

頷いて、湯気のたったコロッケをいただく。思ったより甘味が強い。肉の旨みも感じる。

「さすが近江牛。ちゃんとお肉食べてる感じがしますね」

怜の言葉を聞いてるのか、凉久は目の前に広がる夜景の右側を指差して、

「右の方、あれ、あの大型ホテル。暗いからわかんないけど、琵琶湖側が曲面になってる、半円形の形状です。丹下健三の設計で、大きな弓型のカーテンウォールになってるんです」

綺麗ですねとか、美味しいですねとか、この人は、そういう会話の繋ぎみたいなのが、どうやら抜けるらしい。

「丹下健三、うちの地元にも建造物があって、普通に利用してたんで気が付かなかったんですよね。勉強不足だけど『東京計画1960』は今見ても衝撃的だな。今の東京のアプローチが、180度違う方向に向かってるだけに」

「アメーバみたいに枝を伸ばして広がっていく都市。成長して拡大、拡散していく。かっこいいですよね。昭和の都市計画、新しい、今までになかったものを生み出す想像力、瞬間的なパワー。大半の人が、未来都市なんてSFの世界だって言いながら、そのくせ前に進む未来しか考えてなかったんですよね」

コロッケの包みを、握ったりほぐしたりしながら、凉久の話は続いた。

「あのホテルは、あの時代だったから、あの規模で実現できたんでしょうね。タイミングと、ホテルのグループ創始者のルーツが、滋賀県にあって、行政と強く結びついていたから、ホテル周辺の整備も継続し、力を合わせて苦難の時期を乗り越えてこられた。奇跡ですよね」

確かに。頓挫した都市計画、負の遺産は、日本だけじゃなく、世界中に数多くある。万全を期した計画でも、思わぬところで反発を受けたり、資金調達が間に合わなかったりで前に進めないケースも数多い。

「人間の頭数が減ってきてるのに、もうかっこいい都市計画なんて必要ないんじゃないか、新しい巨大な建築物を、それも数年後のメンテナンスが欠かせないようなものを計画して、売っていくことに、僕は納得して従事していくことができるんだろうか。な〜んて偉そうに考えたこともあります。でも、もっと単純に背比べしたかっただけなんだって、あの時、気付いちゃったんですよね」

「背比べ?」

「去年、怜さんと、新大久保の洗心庵で会ったじゃないですか。あれ笑ったけど」

ああ、君に全然気が付かなかったからね。漫画みたいに驚いちゃったのは認めます。

「茶室で、背比べはしなかったと思うよ」

「そうじゃなくて。あれは、爺さん……大棟梁が東京で最後の学生時代を送った時に、当時、明治大学で師事した教授と一緒に、初めて建築計画を立てた庭園と草庵だったって聞いたんです。それで、なんだよ、僕と同じ歳の時に、何回も短期間で移動できる、プレハブみたいな和風建築作って、偉そうにすんなよって」

そうだったんだ。てっきり大学での研究の延長線上の興味だと思ってた。

「でも、プレハブじゃなかった。別の例で、壁に柔らかい漆喰を施して、パネル状にして運んだ例があるけど、たぶん発想はそれに近い。ただ、もっと簡略化してたんやと思う。小さいだけに飛行機にも積めそうなサイズの漆喰パネルを作って、はめ込み部分は匠が巧妙に作り上げて、短期間で組み立てられるようにアレンジしていたんだろうな。美術館の資料に、アメリカでの小さな写真があって、スマホで撮って拡大してみたんだ。背景に写ってた茶室自体は、スケール的に2畳の客座部分だけ。あの部分しか持って行ってない感じが見て取れた。普通だったら『客座(茶室)』と『水屋(準備スペース)』の両方を、一つの建物として一緒に建てるから、そんなん考えなかったけど、それならかなりコンパクトだ」

確かに。あの時、床の間のある小部屋の部分の横に、襖に仕切られた和室もあった。それが水屋というのも、今の怜ならわかるが、あの部分がなかったら本当に小さい。

「じゃあ、今美術館にある洗心庵は、アメリカや上野に持って行った洗心庵とは別物で、今の茶室は、あの場所に動かないものとして設置するために、露地も全て込みで計画され増築?し、建てられたものってこと?」

「だから、爺さんがあそこで、師匠と一緒にチーム組んで図面引きおったって、わざわざ自慢したんや。アメリカのは、屋根だってあったかどうか、今じゃもうわからない」

なんてこと。それじゃあ、簡単に動かしますなんて、それこそ恐れ多くて言い出せないじゃない!

「でも、堀内くんはあれを見て、なんで背比べ?」

「僕も大学入るまで、入ってからもそれなりに勉強して、研究して色々知識詰め込んできた。でも何かが足りない気がして。荒木の爺さんのとこでバイトして、手を動かして作ったものが、組み上がっていくことが単純に、なんだか一番欲しかったものに手が届きそうな、なんて言うのかな。それが本当にカッコよくて欲しいものだった気がして。でも『雇ってください』なんて爺さんに言うの、悔しい気持ちもあって。僕と同い年で、全然つまんないことしてるんだったら、給料のいい大手企業にさっさと就職して見返してやるぞって。さて、5分過ぎちゃう。行きますか!」

これから1時間、もう少し情報を聞き出せるぞと思うと、少し楽しくなってきた。

「あの、飲み物買いに行っていいですか?奢りじゃなくていいです、コロッケ食ったら喉乾いてもうた」

「ぷっ、ごめん。奢ります、もう喜んで。買いに行きましょう!」

そう言って怜は、フードコート方面に走り出した。建築の話からのギャップに、思わず吹き出してしまった。
振り返ると、追いかけて走り出した凉久が、ベンチに置きっぱなしの袋に気付いたのか、手を伸ばして取りに戻っていた。これはハンディだね。

「冷たいお茶がいいなあ」

階段を一気に上り切って、息が切れてしまった。

「怜さん、自販機そっち!」

返事をせず、また駆け出す。
振り返らない。ただ真っ直ぐ、そして左にカーブ。

ジイさん達みたいに、若いもんには、まだ負けないんだから。

・・・終わり

▶︎最後まで読んでくださって、ありがとうございました!

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