noteの世界は”キャラクター”になりきれ
どうして、ここまで
noteを続けられるのだろう。
自己発信が楽しいから。
ほかnoterさんとの交流が
学びになるから。
思考の整理につながるから。
利用する人によって
理由はさまざまでしょう。
わたしは、
noteの世界を抜けられない理由のひとつに
「キャラクターになりきる楽しさ」があります。
「キャラクターになりきる」とは
現実世界の自分とは違う
”もうひとり”の自分を生み出すこと。
このように言葉にすると
「二面性があって怪しい人だ」と
捉えがちですが…
けして、悪い意味ではなくて
むしろ良い方向での
キャラクターの位置付けに
noteは最適です。

✔なりたいキャラクターで
noteは楽しめる

「自分はこういう人だ」と
共感を得るのも楽しみのひとつ。
でも、それ以上に
「わたしはこうなりたい!」と
未来像のキャラクターを作り出して
実際にnoteの世界で動かすのもありです。
わたしの場合、
「習慣応援家」という肩書きで
習慣をテーマに記事を投稿したり、
習慣化に向けて努力する人を応援する活動を
noteの世界でおこなっています。
もちろん、習慣応援家は
わたしの勝手な手作り肩書き。
世の中にあるわけではありません。
でも、
「こういう活動をする人がいれば良いよな~」
と夢を見ていました。
だったら、夢ではなくて
じっさいに自分がやればいい。
習慣応援家を名乗って、
たくさんの人を救えばいい。
答えはシンプルでした。
いざ、noteで習慣応援家として活動をはじめると
あらためて「noteで良かった」と感じます。
なぜなら、noteでは
わたしの存在を否定しないからです。
むしろ、喜んでくれる。
励ましてくれる。
一緒に応援してくれる人がいるんです。
そのカタチは、
スキやコメント、フォローによって
”見えるもの”として表現してくれる。
「習慣応援家という
キャラクターを認めてくれる」
わたしは
「noteは、なんて素晴らしい世界だ」と
心から感銘を受けました。
✔願望のキャラクターに
なりきったもん勝ち

noteの世界をのぞくと
「非常にもったいない!」と感じる
noterさんもいらっしゃいます。
その理由に、中途半端で
分かりにくいキャラクターになりきっている点。
なかには、
キャラクター性を求めていない人もいるかと
思いますが、読者からすれば
「この人は、こういう人だ!」と
ラベリングされているほうが引き込まれやすい。
「あれっ?真面目な人?お茶目な人?
どっちなんだろう??」
自分自身のキャラクターがブレブレだと
読むほうもハラハラします。
最後まで完結するのだろうか…
そうした一抹の不安を読者から抱えられては
作者側としては本末転倒ですよね。
不安感を与えるぐらいなら、
希望のキャラクターに全力でなりきればいい。
わたしは、そう思います。
そのほうが、
「あっ!この人は
”こういうキャラクターだから、フォローしよう」
となるわけです。
自分のなかだけに
”なりたいキャラクター”を押し殺す必要はありません。
noteの世界では、存分に
「わたしは、こういう者です!」と断言してください。
間違いなく、あなたの存在を喜んでくれて
肯定してくれる人があらわれることでしょう。

「なりたいキャラクターが見つからない」
と嘆く人へ。
子供の頃、あなたは
どういった人になりたいと考えていましたか。
「賢い人になりたかったのか」
「みんなからチヤホヤされる人になりたかったのか」
「好きなものに囲まれる人になりたかったのか」
子供の頃のなりたい未来の自分こそ、
ほんらいのあなたの「なりたいキャラクター」です。
「分からないよ~」と考え込む人は、
いま一度、昔のアルバムを開いてみるのもありですよ。
意外な一面を発見できるかもです。
魅力あるキャラクターになりきって
noteを楽しみあなたを夢見て。
では、また。
失礼します。
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