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note卒業者を引き留めない、わたしなりの理由

毎日投稿推奨派のわたしですが…

ときとして時間や日程を決めて
「SNSから一時的に離れる」行為も
大切だと感じています。

なぜなら、
あまりにSNSに没頭しすぎると
さまざまな弊害が生まれるからです。

たとえば

・SNSを生活の中心にすると、現実の生活リズムが悪くなる
・つねに通知を気にして、ほかの作業に集中できない
・心無い内容やコメントで、精神的に病みやすくなる
・多量の情報を浴びすぎて、脳が疲弊する

など、本来はSNSを利用することで
人生が豊かになることが目的なのに…

気がつけば、必要以上に”のめり込み”すぎて
正しい判断ができずに没落するケースもあり
けして他人事ではありません。

「SNSの住民は、こういうふうに言ってるから」

と、自分の判断すらもすべてSNSまかせでは
「あなたの意見は?」がなくなり本末転倒でしょう。



SNSとなると、
Xやインスタグラム、Facebookと同様に
「note」も含まれます。

note利用者は
比較的、「大人な対応」に優れた方が多い印象です。

SNSの利用にたいしてのメリット・デメリットを理解しつつ
ほどよい距離感を保つことを心掛けていらっしゃいます。


とは言いつつも
やはり、noteと現実世界の両立に苦しみ
結果として、noteを離れる方もいらっしゃいます。


「それはもったいない!」と苦言するか。

「いやいや、それもしょうがない」と肯定するか。


わたしは両方の意見を採用しつつも、
最終的には「しょうがないよね…」に落ち着きます。




✔ココロが
 破壊される前に

ご自身の能力や才能を
普通から”超人”へ進化させるためにも
努力は必要不可欠です。

それは、一長一短で成し遂げられるわけではなく
長い年月をかけてコツコツ積み上げることは
避けられません。

ただし、すべての人が
「わたしは、いついかなる時も不撓不屈ふとうふくつの精神で
 活動し続けられます」という人ばかりではありません。

やっぱり、
思わぬ方向からの横槍であったり
環境変化によって続けられなかったり…

そもそも、ココロがポッキリ折れて
「なにもかもに向き合えない」という状態に
陥るケースもあるでしょう。

その心の行き止まりは、
周囲の人には判断が難しいものです。

当人にしか判断できず、場合によっては
当人すらも追い込まれて気づかないケースもあります。

「心はひとつしかありません」

だからこそ、心が壊れる前に
予防線として”できること”に取り組むこと。

SNSの情報量に照らされすぎているのであれば、
そこから離れて
もう一度、自分の立場を再認識してみる。


けして、SNSだけが
あなたの居場所ではありません。

SNSだけが心の拠り所ではありません。

ただ、無数にあるコミュニティの
ひとつにしかすぎないこと。


そこを念頭に置いてSNSと付き合ってみると、
距離感を間違えずに続けられるのではと感じます。





✔「戻ってきてほしい」は
 最大の罪

わたしも長年、noteで活動している身。

多くのnote卒業者を見てきました。

それぞれに
noteから離れる理由はさまざまです。

・生活の中で時間の確保が難しくなった
・noteが面白くない、つまらないから
・ほかにもっと面白いことに時間を使いたい

など、と理由は多々あります。

とくに
リアル世界との両立に苦労されている意見は、
数多く見受けられます。


「せっかく、これからnoteで
 活動の幅を広げられるチャンスだったはずなのに…」
とわたし自身は感じつつも声には出しません。

なぜなら、そこで もしも相手にたいして
「もったいないよ!戻ってきて!」なんて
声をかけた日には、相手を依存させることになるからです。

そうなると、”自分のために活動する”のではなく
”その人のために活動する”に主軸が持っていかれるため、
のちのちの活動に問題が生じやすくなります。

「何のための活動なのか」がつねに相手の軸では
相手の思考に翻弄されて疲れていくばかり。

結果、一度は復帰したとしても
長続きせずに離れることになるでしょう。

そうなるんだとすれば、安易に
「やめないで!」なんて言葉はかけないのが筋です。


ご本人が「やめる決断」をされるからには
相当の覚悟を持たれたはずですし、
そうした考えを周囲の人が尊重すべきです。


だからこそ、わたしは
「戻ってきて」とは言いません。

ただただ、自分自身の活動を続けて
もしも、その人がnoteに復帰されたときは
「戻ってきてくれてありがとう」と伝えるだけです。

「また一緒にnoteを楽しみましょう」と
心から歓迎の言葉を送るだけなのです。









長期にわたり「続けられる人」とは
やはり一握りかもしれません。

そうカンタンに
易々と継続できるものでもなく…

普通の場合は、途中で飽きたり
イヤになったり、つかれたりで離れるものです。

だから、わたしは
離脱者なんて言葉は使いたくありません。

卒業者と言わせてください。

けして、
「離れることを後ろめたいこと」と
認知しないでください。

最善の策を取った結果として離れるだけ。

そう思えば、つぎにつながるんです。

そのときどきの、その場面で得た経験は
人生のどこかのタイミングで生かされるもの。

noteで培った経験は、かならず
どこかのタイミングで救われる存在となるもの。

そうだとすれば、離れることも
けして悪いことではないですよね。



あなたの有意義なnoteライフのために
今回の記事が参考になれば幸いです。

では、また。
失礼します。


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