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宿題家族

うちは、私が小さいころ
福祉の教科書でいうところの
多問題家族だったと思う。
事例検討とかにも、ケースでだされる
くらい複雑な家庭環境だったんじゃないかな。

祖父はアル中で、お酒が飲みたくなると
包丁を持ち出すこともあったし
父の弟は、統合失調症を抱え、うちに
ひきこもっていた。
祖母は男友達がいたので、家に関心が
向かなくなっていたし、
なかなかのカオスだったと思う。
でも、祖母が外向きになったのは
祖父が若い頃、女性あそびが酷かったからで
こればかりは、夫婦にしか分からない
こじれた感情があったのだと思う。
責めることなど、できなかった。


母は、祖父におどされながら
お金を少し渡したり、健康を考えて
渡さない!と戦ってくれたりしていた。
祖父も気弱な人で、刃物を持ち出すことは
あるのだが、決して誰かを本当に傷つけたり
はしない人。ちゃんと優しさもあった人。
でも、常に孤独を抱えていたから
お酒に逃げるしかなかったんだと思う。
家族が手をつくしても
その寂しい状態から、ぬけられることは
最後までなかった。

統合失調症の叔父は
私たち子供たちには
優しくて勉強教えてくれたり
色んなことを教えてくれた。
頭のいい人だったんだ。
病院も通っていたんだけど
社会には適応することがなかなか
できず、本人も葛藤していた。


うちは、借金なども当時は抱えていたし
お金の問題での喧嘩もけっこう
あったことを記憶している。
でも、そんなカオスな家庭だったんだけど
不幸だと子供の時に
しみじみと悲しくなることはなかった。
麻痺してた部分もあったのかな?

みんな生きづらさは、抱えていたけど
愛情がないわけではなく
不器用ながらに、大切にしてくれようと
していた。
カオスの中でも、100円で買えるケーキの
幸せはあったし、時々デパートの屋上に
連れて行ってもらえたら、それはそれで
すごく嬉しい気持ちになれた。

いま思うと、
不憫に思えることも少しはある。
弟たちも子供ながらに悩んでいた。
大人たちのケンカは、嫌だったよね。
いまが、幸せになっていて
本当によかったと思っているよ。

空想するくせみたいなものは
あの当時から
現実が厳しかったから
ちょっとフィルターをかけてみることが
習慣になったんだと思う。
例えば、父をケンタウルスにみたてたり
母をスローロリスにたとえたりするのも
その小さい頃からのクセかもしれない。
でも、不思議とイメージの世界や
ユーモアを
少し日常に取り入れていくと
絶望的な状況も、どこか救いある感じ
になっていたし、たくましく
みんなで笑うこともあった。
本当に大変な中でも
ちゃんと幸せはあったんだ。


旅行に連れて行ってもらえて
何事も問題なさそうなお家を
うらやましく思うことも
あったけど
でも中に入ってみたら
皆悩みはあったのかもしれないよね。
外からは分からない内側の事情というものが
あります。


うちもなにか、宿題を抱えて皆
集まった家族のような気がした。
不器用な人たちで
それぞれに課題があって
お互いに影響もしあって
そこに学びもちゃんとあって

感動や幸せもあったんだ。



だから、
この家族での意味みたいなものも
よく考えていた。
今は問題もほぼ解決したんだけど
それでもまだ課題はある。
抱えながら、悩むこともありながらだけど
でも、ささやかな幸せもいっぱいある。


全く完璧ではない
でこぼこな人たちの集まり。
今回はこうして
縁あって、宿題抱えながら
みんなで学んでいるところなの。


宿題しっかりクリアして
自分のやることをやりきった後で
あちらの
先生に褒められたいと思う。

↑  100円ケーキ



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