小倉百人一首より
瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
われても末に 逢はむとぞ思う
小倉百人一首より崇徳院の歌です。
【現代語訳】
川の瀬の流れが速く、岩にせき止められた急流が二つに分かれる。
しかしまた一つになるように、愛しいあの人と今は分かれても、いつかはきっと再会しようと思っている。(長岡京小倉山荘公式HPより)
この一首を詠まれた崇徳院という方は、わずか5歳で即位し天皇となられたのに、父に疎まれ、弟に裏切られ、部下にも見放され、国の内乱である「保元の乱」に担ぎ出され、しかも敗れて讃岐への配流となり、最悪の生涯を送り、最終的には日本三大怨霊となられた方です。
日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん
と保元物語に書かれています。
簡単にいえば、自分は悪魔となって皇族を民に落とし、意味も分からぬ民を皇族とすることでこの国を亡ぼすということです。
ただし保元物語には写本が多く、意訳も多いのが実情です。
例えば、
口おしき事かな。我朝にかぎらず、天竺・震旦にも、国を論じ位をあらそひて、舅・甥謀叛をおこし、兄弟合戦をいたす事なきにあらず。我此事をくゐおもひ、悪心懺悔のために此経をかき奉る所也。しかるに筆跡をだに、都にをかざる程の儀に至ては、ちからなく、此経を魔道に廻向して、魔縁と成て、遺恨を散ぜん。
とあります。大意は同じでも微妙にズレがあるように感じます。
一方で歌集を編纂されるほどに歌にも通じ、
『山家集』から
崇徳院 最上川 つなでひくとも いな舟の しばしがほどは いかりおろさむ
西 行 つよくひく 綱手と見せよ もがみ川 その稲舟の いかりをさめて
これは、西行縁の人物が崇徳院の怒りを買い、許しを請うた時に院が詠まれた歌と、西行のその返歌です。
どうやら本来は心優しきお方なのに、亡くなった後に怪異が相次ぎ、勝手に怨霊にさせられた公算が強いようです。
心優しき人であったがゆえに、不遇を嘆き、都に戻れないのを口惜しく思っていらしたかもしれませんが、お好きな歌三昧の余生ではなかったかと勝手に思っています。
他人に翻弄され続けた人生の中にも、ご自身のお好きな歌を詠まれた、ある意味幸せな人生であったやもしれません。
崇徳院は、堀川今出川東入北側 白峯神宮に祀られています。
愛しの猫さま 一行の宝物プロジェクトに参加させていただきます。
書きたいことが多すぎ、てまとまりに欠けますが、お許しください。
Zac Brown Band / Butterfly (feat. Dolly Parton)
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