隣席の富士山|毎週ショートショートnote
黄昏どき、旅人、遠き道の果てに宿を見出だしぬ。
戸を開ければ、炉端の傍に白衣の翁座せり。
山の稜線のごとく雄大に、雲を背負ひ風を纏ひたる姿なり。
『隣、よいか』
旅人問ふと翁頷き、深き瞳にて凝視せり。
低く響くよく通る声、壁を震わせ翁告げたり、
『隣席に在るは富士の精霊、火と水と風、雷と霧と人々の諍いの記憶を抱く者なり』
旅人の背に冷たきもの走れど、逃げること能わず。
精霊の声、雷鳴のごとく威厳を帯び、霧の如く心を覆い、古代の祭祀や龍の舞、星の海を映し出す。
『遠き昔、我は火を吐く山なり。人の歌、人の涙、雷の矢、霧の帳、すべて我を鎮むる神の筆なり。そこに山は在り、人の心こそ物語を紡ぐ』
旅人問ふ、
『終らぬのですか』
精霊笑ひぬ。
『終らぬ。汝ここに座し我が声を聞く限り、物語は脈々と続くべし。汝の胸にて語られぬものは、やがて新たなる神話となるべし』
灯揺らめき、翁は霧に溶け、窓外に堂々たる富士の峰在り。
『汝もまた、我を語る者なりぬ』
(410文字)
裏お題【隣席の富士山】
たらはかにさま 今回も参加させていただきました。
よろしくお願いします。
Def Tech / ANOHI feat. Jesse
