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【私の人生の軌跡①】多くの出会いに導かれて今の私がある💕(大学での一人暮らし、障害児保育、保育園保育、子育て、デイケア、そして保育園に戻る🌠)

7月は私の誕生月。
アラ還で始めたnoteも5年間続けている。
とうとう年金を貰うようになった💦💦

生まれてからの私の人生、特に親から離れて一人で暮らした大学時代からの私の人生の軌跡を振り返ると、まさに『多くの出会いに導かれて今の私がある』と改めて思う

そんな私の人生の軌跡を何回かに分けてまとめてみることにした。

今回の記事では、大学入学と一人暮らし、障害児との出会い、結婚、子育て、高齢者との出会い、そして保育の現場に戻るまでを振り返ってみたい。


『福祉大学に入学』

愛知の福祉大学入学と共に一人暮らしを始めた。
4年間の大学生活は、目から鱗のような学びや、たくさんの出会いがあり、色々な経験もつみ重ねて、今の私の「ものの見方・考え方」の基礎を作らせてもらったと思う🧡

「社会教育」のゼミで学び、社会福祉主事や保育士(当時は「保母資格」だった)などの資格を取り、卒業。地元に戻る。

『障害児施設に就職』

弟が障害をもって生まれたこと、従弟も発達に障害があったこと、母が障害児教育をしていたこともあり、障害児者とは関わりがあった。
福祉の大学を目指したのにはそんな理由があった。
大学卒業後に地元に戻り、最初に就職したのは、資格取得のために実習をした「障害児施設」で実習中に「就職しないか?」と声をかけられたことから。
そのまま指導員として5年間働いた。

「こどもの発達」と「障害児保育」を学び、働くことの大変さと、そして自分の未熟さも知った。
でも、今も繋がりのある仲間を得た。
夜勤も含む変則勤務だったこと、その頃は結婚は退職という流れの中で、残念だったけど5年間働き、年度末に退職。

『私立保育園に就職後、結婚、出産、子育てサークル』

5月3日に結婚式を終え、新婚旅行から帰ってきたら、知り合いの方(◎◎保育園の理事だった)に「◎◎保育園で働いてもらえないだろうか」と言われ、主婦に憧れていた私だけど(笑)、求められるままに6月から働き始めた。

最初に受け持ったのは、2歳児クラス🧡
本当に可愛くて可愛くて、私がしたい保育を、子どもたちと楽しみながら自由にさせてもらえた。思い出深い1年間だったなあ。
保育の楽しさを感じた1年だった。
あの頃は書類に振り回されることも少なく、残業や持ち帰りもあまりなかった。

次の年は、0歳児保育の担任となったところで、妊娠が発覚。つわりに苦しみ、お腹が大きくなるなかでも、自分の育児の基礎を教えてもらえた(ミルク作り、沐浴、離乳食の与え方等々)貴重でありがたい時間だった👏

第1子の予定日は12月16日。産前休暇は、11月6日から。産前休暇は楽しく過ごし、12月19日無事出産。

わが子は完全母乳で育てた。
だから、いつも一緒。
育休を申請し1月から職場復帰予定だったので、それまではとことん育児を楽しみたいと思った。
育児日記を書き、日々の写真を撮り、毎月1ヶ月記念にも写真を撮り、手作りのアルバムを作った。
可愛くて愛おしくて仕方がなかった。

ところが、人手不足もあり、9月になって、「時々でも良いから保育に戻ってくれないか」と園長から連絡がきた。
まだ、おっぱい三昧だったので、少し悩んだけど、長男を母に預けて半日からお試しでやってみた。

前年度見ていて1歳児クラスになった子どもたちとの再会は嬉しかったけど、おっぱいは張ってくるし、長男の泣き声が聞こえるような気がして…。
半日お手伝いして帰宅すると、やはり大泣き💦

数日お試しをして、わが子を母に預けて保育園の子ども達を見るため働くことに私自身が納得できず、育休明けもわが子との生活を止めるのとはできないと思い、相談をして11月に退職を決めた。

退職をして、子育てを楽しみながら、第二子を宿し、長男は、2歳7ヶ月でお兄ちゃんになった。

その頃は、保育園の入園もあまり厳しくなく、義父の会社のお手伝いをする形で、娘が生まれる5ヶ月前、お腹が大きくなり思うように遊んであげられないことや、そろそろお友達も出来たら良いなと思ったことや、出産前後の状態を考えて、以前働いていて保育も好きだった◎◎保育園に入園させてもらった。

入園したばかりの別れの時は大泣きをしていた長男も、お迎えの時には楽しそうに遊んでいる姿を見て、長男にとっても良い時間になっていると思った。
長男の時にしたように娘との時間も大切に過ごしたい気持ちも実現できた。

そんな頃、同じく子育て中の保育士仲間の友達と、週に1回の「子育てサークル」を立ち上げた。
公民館や体育館を借りて行う今で言う「子育て支援センター」のようなもの。
地域の中では評判になり、10組以上の親子のつどいになった。
その日は長男も保育園を休ませて、一緒に参加することもあった。
絵本を読んで、リズム遊びをして、時には公園にお散歩に行って…。
お互いに子どもたちを見合いながら、テーマを決めてお母さん同士で雑談をして、お弁当を食べてその日の会は終了。

その体験は、保育園での働く母親だけではなく、子育てを選択している母親、仕事復帰まで育休を取りながら子育てを楽しむ母親との出会いにもなった。

『診療所の医療事務とデイケア担当』

この活動を続けながら、娘が2歳になったころ、「診療所を開設するので、医療事務とデイケアの仕事をしないか」、と声をかけられた。

長男も4歳児クラスになる頃で、そろそろ仕事を始めようと探していた時だったから、今度は、保育から離れ、医療と高齢者への対応という初めての体験だが、やってみることにした。
「子育てサークル」の日は出来るだけ休ませてもらい参加を続けることも受け入れてもらえた。
娘も長男の送り迎えで慣れている◎◎保育園に入園した。

日常的には診療所の受付と医療事務をして、一週間に一度、認知症の高齢者の送り迎えをして、みんなが集まったら、挨拶の部分は私がピアノを弾いて、みんなで「童謡」や「懐メロ」を歌ったり、体操をしたり…

お迎えにいくたびに、初めてのご挨拶をされる可愛いおばあちゃんもいたし、人生の最期を迎えた99歳のおばあちゃんのご自宅に行き、最期のケアをしている看護師の働きを見る場面もあった。
この経験が、人生の最期についての思いに繋がっている。

医療に関わり、高齢者を支える大切な働きをしてきたが、わが子も小学生になり、日増しに、未来を作る子どもたちの保育への思いも強くなった。

その葛藤の中にいるときに、退職した園とは別の繋がりのある△△園で保育者を募集していることを偶然知り、園長に話を聞いた。
家族(夫とわが子ども達)にも相談をして、もう一度保育の現場に戻ることを決めて、診療所からは引き留めもあったけど、5年間働いた医療スタッフの仕事を退職した。
その頃は「子育てサークル」の役は次世代にバトンタッチしていた。

『私立保育園に就職』

保育の仕事に戻り、2歳児、3歳児、5歳児年長の担任を経験した。
大変なことも多かったけど特にやりがいがあり、子どもたちと楽しく充実した毎日を過ごしたのは年長組担任の時だった。

このクラスには数名の障害児がいたが、この子たちと共に生きる経験を積み重ねた子どもたちは、優しく強い子どもたちに成長した。
障害児にとっても、そうでない子どもたちにとっても、その交わりはきっと、覚えている覚えていないに限らず良い経験だったのではないか、と私は思っている。
この出会いと体験は、私にとっても大きな意味がある恵みだったと思う。

その後主任となり、誰もがどのクラスも持てるように発達の学びのために、集団で月案会議を行うことを提案したり、未満児の保育者が以上児の保育体験をしたり、逆に以上児の保育者が0歳児保育を体験したり、という園内での体験実習も取り入れた。
また、不思議なほど障害児の入園希望が多く、障害児をたくさん受け入れ、フリーの保育者として障害児のフォローも担当した。

また、順番制で回ってきた市立保育園連盟の主任会の会長も経験して、地域の他の園や主任との交流もできるようになった。

△△保育園では、子育てにも協力的で、休みも取りやすかった。本当にお世話になった。

そして、突然また次の話がきた。

主任となり7年間勤めたころ、新たな働きかけが届いたのだ。それは、

『公立保育所の民間移管と新しい園の立ち上げ』

その話が来たころ、わが子は中高生になっていた。

さて、今回の記事はだいぶ長くなってしまったので、一旦ここまでとする。
ここまでを振り返っても、私から主体的に探して働き出す、というより、不思議と流れるように次の場所が与えられ、それを受け入れ、選択しながら、前に進んできたような気がする。
そして、その全てに意味があり、全てが私に必要なこととなり、今の私に繋がっている、と思う。

次に②では、「公立保育所の民間移管と新しい園の立ち上げ」、「保育園からこども園への移行」、「終活との出会い」、「保育業界からの退職」、について。

③では、「その後の出会いとこれからの歩み」(自分と向き合い、自分を知ったさまざまな経験)、について。

④では、noteでの出会い(『夢💗相談室』や私の入っているメンバーシップの紹介)を書く予定🧡

ただ、書きたいことは他にも色々出てくると思うので、続けてこのシリーズを投稿しないかもしれない(今回も時間をかけて作成したので)。

日常のその時々に感じる【徒然なるまま日記】を書くかもしれないし、『旅の計画』や『読書感想文』『ドラマ感想文』そして『わが子の成長の記録』なども投稿するかもしれない(笑)💕
でも、【私の人生の軌跡】シリーズとして、時間をかけて完成させたいと思っている。

思いのままに💗
ゆるゆると風の流れのままに💗

今回も長い記事に
お付き合いくださり
ありがとうございました
m(_ _)m


風が誘う この町は
私と誰かを愛で繋いで
泣きたくなる日があることも
風はただ知っている

風は笑う あの町で
私は奇跡の愛で生まれて
思い返す大切な日々を
風はただ知っている

風が歌う この町で
私は確かな強さを学んで
誰しもが持つ胸のキズも
風はただ知っている 

人が人を知る頃
どこに向かうかはわからない
道は続いている
風はただ知っている

「風と町」一部抜粋
投稿したらいただきました🧡

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