【ピリカ文庫】北風【ショートショート】
1970年11月
木枯しの吹く季節。
道を行き交う人たちは首をすくめ、背中を丸めてせかせかと歩いている。
僕も例によってそのタイプで、この時期は外に出るのが億劫になる。
僕は、昼間の気温に騙されて洋服選びに失敗し、無防備な首元を撫でていく風に恨めしさを感じながら、共感を求めて呟いた。
「この時期は風が冷たいし、寂しい感じがするから苦手。」
「そうかなあ。私は好きだよ。」
少し前を歩いていた君が少し振り返って言う。
なぜと疑問に思ったことが顔に出ていたのだろう。
君は笑って続けた。
「だってお気に入りのこの子の出番がくるんだもの。」
着ているコートの袖を引っ張って嬉しそうにしている。
グレーの大人っぽいそのロングコートは二十歳の誕生日に僕があげたもの。
プレゼントに悩んでいるとき、君が少し背伸びした服に憧れていることを知って、休日に散々店を回り、同じ店を何度も出入りして、店員さんに「おかえりなさい。決まりましたか?」と5回は聞かれながら、随分悩んで決めた。
決まったときには「おめでとうございます!こんなにプレゼントで悩めるなんて素敵な関係ですね。」と言ってもらい、気恥ずかしさにお礼を言う声は小さくなった。
有名なブランドのものではないけれど、長く着てくれたら嬉しいと質には少しこだわった。
僕の自己満足とも言える丸一日を費やしたプレゼント選びの頑張りも君にはきっとお見通しで、毎年大切に着られたそれは、時とともに少しずつ草臥れてきていたけれど、君はこれがいいのと頑なだった。
今ならブランドのコートだって買ってあげるのにと言いつつも、君がそれを選び続けてくれるのが嬉しくてたまらない。
コートが何度目かの出番を迎えるころにはそのコートを着た君と手を繋いで出かけられる早く夜が訪れるこの季節も存外悪くないかもしれないと思えるようになっていた。
2021年11月
共に過ごした時間とともに、コートはいよいよ薄くなり、君と僕は刻まれた皺が少しずつ濃く、深くなった。
今年も首筋を通りすぎる風に冬が近づいてきたことを知る。
今では写真の中でしか会えなくなった彼女は、寒くて笑顔が固まっている僕の隣で、いつも楽しそうにグレーのコートを着ている。
昔からこの季節は苦手だった。
今は嫌いだ。
北風に喜ぶ君が好きだ。
過去形にはまだできそうもない。
僕の空いた右手をすり抜ける風は冷たいばかりで、彼女の温もりを一層恋しく思わせた。
