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なぜ、私は「ONE SONG」に挑戦するのか。|宮沢光平

「人材紹介会社の社長が、なぜ突然、歌を作り始めたのか?」

きっと、多くの人は不思議に思うだろう。

AIやキャリア支援を生業としてきた株式会社ユナイテッドマインドジャパンが、なぜ“個人と組織の人生をAIで歌にする”というサービスを立ち上げたのか、と。

ビジネスライクに言えば、新規事業、あるいは生成AIを活用した音楽テック(MusicTech)ということになるのかもしれない。

でも、自分の人生を振り返ると、
これは単なる思いつきでも、
トレンドに乗ったビジネスでもない。

むしろ、これまでの私の人生すべてが、
最初からここへ向かうための「必然」だったのだ。


黎明期のインターネットと、大宮駅の路上で知った「心の繋がり」

私の原点は、まだWindows95が世に出て間もない、パソコン黎明期にまで遡る。

中学生の頃、私は自分で書いた「詞」をインターネットの掲示板に投稿していた。

まだネットに繋ぐことすら特別だった時代、画面の向こうにいる見ず知らずの大人が、私の拙い言葉に真剣なコメントを返してくれる。

「機械というテクノロジーを通して、自分の感情をぶつけ、人と繋がることができる」

その強烈な原体験が、中学生の私に深く刻まれた。

高校生になると、中学時代の友人に誘われて、大宮駅の西口で路上ライブをやるようになった。

最初は「ゆず」のコピーから始まった。

ただ、街頭の下で、自分でギターを鳴らし、声を響かせることが、理屈抜きに嬉しかった。

そのうち、自分たちのオリジナル曲を次々に作るようになった。

へたくそな歌だった。

それでも、粗削りな感情をメロディに乗せてぶつけると、目の前を歩く見知らぬ誰かの足が止まる。

目の前で、人の感情が動く瞬間に触れた。

手売りでカセットテープを売り、MDを売り、CDを売った。

下手くそなりに、人からお金をいただいて自分の表現を届けていた。

ネットの掲示板で一定の評価を得ていたことも、当時の私の大きな自信になっていた。

言葉が違っても、文化が違っても、人は心で繋がれる──。

私がのちに外国人材紹介から会社を立ち上げた根底には、間違いなく、このネットの掲示板と路上ライブで味わった「心と心で繋がる心地よさ」があった。


感情をエクセルに落とし込んだ、悪戦苦闘の夜

しかし、私の表現者としての人生は、決して天才のそれではない。

むしろ、挫折とコンプレックスの連続だった。

中学の文化祭で「自分たちで劇を作ろう」と脚本を書き、演出助手や主演をやった時も、すべてを一人でできたわけじゃない。

みんなの協力があって、ようやく形にできたものだった。

何より、私は「自己主張が強く、空気が読めない」という深いコンプレックスを抱えていた。

人の感情を動かしたいのに、空気が読めない。

だからこそ、私は「感情」に対して異常なほど執着するようになった。

大学時代、お笑いサークルに入った私は、なんとかして「お笑いの空気」を支配したいともがいた。

狂ったように、お笑いのビデオを何本も何本も分析した。

人がどこで笑うのか、なぜこの間で空気が変わるのか。

それをパターン化し、感情のメカニズムをエクセル(Excel)に落とし込んで、ロジカルに解析しようとした。

空気が読めないからこそ、ロジカル(システム)の力で感情をハックしようとしたのだ。

しかし、現実は甘くなかった。

満を持して挑戦したM-1グランプリは、1回戦敗退。

自分の頭で「これが面白い」と緻密に計算して作ったネタは、劇場の冷ややかな空気の中で、ただの「ひとりよがり」として散った。

なぜ、人の感情を動かすのは、こんなにも難しいのだろう。

俳優を目指した小劇団でも、ずっと同じ壁にぶつかり、悪戦苦闘し続けた。

そんな時、のちにM-1グランプリの決勝に出場することになるサークルの先輩が、私にこう言ってくれたことがある。

「俺は、そのネタ面白いと思うよ。でもな、ネタがどれだけ良くても、お客さんとそれをどうやって共有するかが大事なんだ。お笑いは一方通行じゃない、双方向なんだよ」

ハッとした。

私は自分の感情を「ぶつける」ことばかり考えていた。

しかし、本当に大切なのは、相手の感情と「響き合う(双方向である)」ことだったのだ。

クリエイトすることには、人一倍自信があった。

だけど、自分自身がプレイヤーとして前に出る「表現者」としては、圧倒的にいけていなかった。

私は、スポットライトを浴びる側の人間には、なれなかったのだ。


「なれなかった側の人間」だからこそ、作れる仕組みがある

私は、アーティストになれなかった。

だから、経営という道を選んだ。

会社を創り、事業という仕組みをプロデュースする側に回った。

新卒で入った外資系IT企業で、人間の「声」から感情を分析するサービスロボットのビジネスに興奮したのも、
人材紹介の現場で、求職者の泥臭い人生の感情(焦り、劣等感、再出発の願い)に寄り添い続けてきたのも、
すべてはあの頃の「感情への悪戦苦闘」の延長線上にあった。

そして今、時代が変わった。

AI(人工知能)が生まれ、かつて私がエクセルに落とし込もうとしていたような「ロジカルな領域」を、機械がまたたく間に処理する時代が来た。

AIを使えば、音楽は一瞬で大量生成できる。

でも、だからこそ逆に、今、最も問われているのは、

「そこに、誰のどんな感情が乗っているのか」

という、人間側の動機だ。

私たちが始める「ONE SONG(ワンソング)」は、単に効率よく、うまい曲を量産するAI音楽サービスではない。

「あなたの人生を、言葉にならない想いを、世界に一曲だけの歌にする」
サービスだ。

かつて大宮駅の路上で、私が下手くそな歌に粗削りな感情を乗せて誰かと繋がったように。

かつてM-1の舞台で、独りよがりな表現が届かずに涙をのんだように。

表現者になれなかった私だからこそ、分かることがある。

世の中のほとんどの人は、アーティストではない。

自分の心の中に、誰にも言えない悔しさや、伝えきれない感謝、大切な人への想いという「最高のクリエイティブ(人生)」を抱えているのに、それを形にする術を持たない「なれなかった側」の人たちだ。

ONE SONGは、
生成AIという最高の「ロジカル(機械)」を駆使して、
そうした一人ひとりの「心(感情)」を双方向で引き出し、
世界に一つの歌として結晶化させる。


聴くための歌ではなく、その人の人生に一生寄り添う“持つ歌”を創る

聴くための歌ではなく、その人の人生に一生寄り添う“持つ歌”を創る。

  • 結婚、出産という家族の節目に。

  • 大切な人との別れの夜に。

  • 起業や転職という、孤独な挑戦の始まりに。

  • 会社を創業し、仲間と理念を共有したい時に。

歌は、一方通行じゃない。

あなたの人生の感情と、テクノロジーが双方向で交わった時、初めてその人だけの本物の歌が生まれる。


機械と人の心の真ん中で

「機械(テクノロジー)の冷徹さと可能性を知る自分」であり、
「感情に悪戦苦闘し、表現者になりきれなかった自分」。

この両方の痛みを、視点を持っている自分だからこそ、作れる世界がある。

「機械と人間の心の真ん中」

ここにこそ、これからの時代、最も新しく、最も大きな価値が生まれる。

本当は、ずっとこれがやりたかった。
でも、時代が追いついていなかった。
だから私は、20年以上の遠回りをした。

ネット掲示板から始まり、路上で歌い、お笑いに挫折し、ロボットを扱い、人材紹介で人の人生に伴走してきた。

その遠回りの点と点が、今、鮮やかな一本の線に繋がった。

私たちは、この挑戦を「SONORY(ソノリー)」というブランド概念として立ち上げる。

SONORY──それは「響き(Sonority)をデザインする」という私たちの思想そのもの。

そして、その最初の社会への提案が、人生を歌にする「ONE SONG」だ。

歌の在り方を変え、新時代の「生き方」そのものを提案したい。

これは、アーティストになれなかった私が、人生すべてを懸けて挑む、新しいイノベーションだ。

「ONE SONG」、始まります。


ONE SONGについて

ONE SONGは、個人・企業・組織の言葉や物語をもとに、世界に一つだけの楽曲を制作するサービスです。

人生の節目。
大切な人への想い。
起業や転職という挑戦。
企業理念やブランドストーリー。
組織の仲間と共有したい価値観。

言葉だけでは届きにくい想いを、AIと人の対話を通じてすくい上げ、歌として残していきます。

▶ ONE SONG
https://www.unitedmind.jp/onesong


関連マガジン

SONORYやONE SONGの考え方、制作事例はこちらにもまとめています。

▶ SONORY|AI × 歌で、生き方と未来をデザインする。

実際に制作した楽曲紹介はこちらです。

▶ ONE SONG|物語を一曲にした記録


最後に

宮沢 光平(Kohei Miyazawa)
株式会社ユナイテッドマインドジャパン 代表取締役
ブランド概念「SONORY」・人生を歌にするサービス「ONE SONG」発起人。

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