このタイミングで話す、無償の愛をくれた祖母の事
私のお知り合いで、同じく「note」をされている方がいらっしゃるのですが、その方の投稿を読んでいたところ
Saka.先生
に辿り着きまして、「Saka.の教室」というメンバーシップに早速参加させて頂きました。
その中でこちら↓の限定企画を見つけました。
「4月・5月・6月という季節に少しでも関係していたら」
ということで、まさにご縁としかいいようがない話がありまして、
投稿させて頂きます。
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4月初旬、富山に住んでいる母方の祖母が亡くなりました。
私の家族は私が小学校5年生までは富山に住んでいましたが、関東に引越して今もこちらに住んでいます。
祖母は母の実家で長男夫婦(母の兄)と暮らしていましたが、2年程前から要介護のため施設に入居していました。
年に何回か施設に会いに行っていたのですが、どんどん痩せて変わっていく姿に泣くのをこらえるのに必死でした。
「ひよこ」という名菓が大好きで、母が持っていくといつも嬉しそうに食べていたのを思い出します。
今年もゴールデンウィーク辺りに会いに行けるかな、と思っていた矢先に
突然母からラインがきて
「おばあちゃんが、施設で昼食を喉に詰まらせ、意識不明で病院に運ばれた」
という内容でした。
すでに脳死状態という事で、その時に覚悟を決めたのと、もう長くはないだろうという話を聞いて、お見舞いに行く事はしなかったのですが、それから何日か経って、やはり祖母に会いに行こうと思いました。
その事を母に伝えたら、早い方がいいとの事。
しかも母に伯父さんから
「(私)が来るのを待っている気がする」と、ラインが来たと知りました。
そんな事を言われたら、行かないわけにはいきません。
その時職場の仕事が忙しかったので、本当は何日か後の日がよかったのですが、それを聞いて急遽翌日に富山へ1人で向かいました。(1人で行きたかったのです)
最寄りの駅まで、伯父さんが迎えにきてくれて病院に行き、私を気遣って
「病室に私1人でお別れをしておいで」と言ってくれました。
当然意識は無いけど、ちゃんと呼吸をして、温かい体温がある祖母の手を握りました。面会時間は20分。
ここで私は、私の中で最期のお別れをしました。
伯父さんの話では、もうあと2,3日だろうとの事でしたが、脳死状態とはいえ、その時私にはまだそんな風には見えませんでした。
が、翌日の午前中、仕事だったのですがラインを確認したところ、伯父さんからで「病院から知らせがあったので、今から行ってきます」
との事。
そしてその日の午後に「旅立ちました」
との連絡を受けました。
本当に私の事を待っていてくれていたんだ…
私は祖母の事が大好きでした。祖母も私の事をとても可愛がってくれて、
幼少期から、私が手紙や写真を送っていたのですが、そうすると必ず電話をかけてきてくれて、
「〇〇ちゃんだけだよ、こんなにばーちゃん、ばーちゃんと言ってくれるのは」と言ってくれます。
それに私も「ばあちゃんあっての、私だよ。ありがとう」
といつも話していました。
私は祖母から沢山の沢山の愛をもらいました。
祖母の存在にどれだけ救われたことか…
ここで書ききれない思いはまだまだ沢山あります。
先日、四十九日の法要で、私は心の中で伝えました
「ばあちゃん、迎えに来たよ。
一緒に帰ろう。これからは私の中で一緒に生きるんだよ」
と。
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だから、私は今、とてもやる気に満ちあふれています。
色々な事を沢山吸収したくて、行動をしています。
この「Saka.の教室」にこのタイミングで関われた事に、心から感謝致します。
そして、繋いでくださったメンバーの方にも感謝致します。
本当にありがとうございます。
今後も、沢山の素敵な方と繋がっていけることを願っています。
