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あらゆる立場でビジネスモデルキャンバスを活用してきた男の遺言


――現場と経営の板挟みで、本質を語るほど孤立し、それでも諦めたくない奴らへ


はじめに

私は、物心ついた頃からずっと「つたわらなさ」と向き合ってきました。

新規事業開発、スタートアップ、既存事業の変革、DX、オープンイノベーション、組織開発、人材開発。
立場を変え、役割を変え、肩書を変えながら、ビジネスモデルキャンバス(BMC)を使い続けてきました。

その過程で、何度も同じ絶望にぶつかってきました。

「結局、何をいくらで売るんですか?」
「で、そのとき利益はいくら残るんですか?」

――という、極端な単純化です。

それ自体が間違っているとは思いません。
単純化が役に立つ場面があることも確かです。

ただ、そうした問いにしか関心を持たない人たちが、組織の上位レイヤーに君臨している現実を前にすると、どうしても首を傾げてしまいます。

世界は、そんなに単純な方程式で解けてはいません。
価値は直線的に生まれるものではありませんし、人は合理的にだけ動く存在でもありません。
因果は絡み合い、時間差で効き、文脈によって反転します。

それなのに、「わかりやすい仮説」のほうが、「複雑だけれど本質的な仮説」よりも圧倒的に受け入れられやすい。
ここに、私は民主主義の一つの限界を見る思いがしています。

そして同時に、「モノづくり神話の残火」も感じています。

「いいものを作れば売れる」
「正しいことをすれば報われる」
「シンプル・イズ・ベスト」

そう信じ、過去の成功体験という名の「運」や「流れ」の中にいる人たちが、強い発言権を持ってしまう構造です。

私は、その構造を責めたいわけではありません。
ただ、経営層が示した目標への「数字合わせ」を強いられ、現場が疲弊していく。
そんな世界しか存在しないかのように扱われてしまうことに、強い違和感を覚えてきました。


■「つながり」を取り戻すための型

こうした複雑性を扱う考え方に、「システム思考」があります。
要素間の相互関係や全体像を捉え、問題の根本原因を見つけ出す思考法です。

しかし、フリーハンドでシステム思考を扱える人は、正直に言って少数派です。
ほとんどの人は、因果が絡み合う現実を、頭の中だけでは保持し続けることができません。

それでも、組織をマネジメントするということは、この複雑なシステムを「単純化せずに」扱うことを求められる営みでもあります。

では、どうすればよいのでしょうか。

私は、短期的には「型」に頼るしかないと考えています。
そして、システム思考の「型」として、これほど民主化されたツールは他にありません。
それが、ビジネスモデルキャンバス(BMC)でした。

BMCを「9つのブロックを埋めるための整理シート」だと捉えている限り、その本質は見えてきません。
重要なのは、ブロックそのものではありません。
ブロックとブロックのあいだにある「つながり」です。

たとえば、マーケティング部門が追う「獲得リード数」と、営業部門が追う「クロージング率」。
これらがぶつ切りになり、部門間で対立が起きているとき、そこには「つながり」の視点が欠落しています。

そのつながりが、時間の中でどのようなダイナミクスを生み得るのか。
それを動的・発展的に捉えることができたとき、BMCは単なるフレームワークを超え、複雑な現実を扱うための「知的インフラ」として機能し始めます。


■自律的な働き方への橋渡し

BMCが私にとって特別だった理由は、もう一つあります。
それは、「自分はどうしたいのか」という主体性が、常に問われるツールであるという点です。

「誰に、何を、なぜ伝えたいのか」

自分自身の哲学を持って向き合う。
それは、指示を待つのではなく、自らの価値観で動く「自律的な働き方」を求めることでもあります。

正直に言えば、この「自律」の段階に達していない状態でBMCを使いこなすのは、非常にしんどい作業です。
しかし、BMCを使った対話には、不思議な力があります。

個人ワークを経てグループワークに移行した瞬間、
部署の違い、立場の違い、経験値の差が、価値に変わる瞬間が確かに存在します。

9つものブロックがあるからこそ、
「どこかの達人ではいられる」余地が生まれるのです。

システム思考が苦手でも、顧客理解に強い人がいる。
パートナー構造に鋭い人がいる。
コストやリソースに現実感を持つ人もいる。

自由度が高いからこそ、
「それは本当に間違いと言えるのだろうか?」
と立ち止まる余白が生まれます。

この対話のプロセス自体が、個々人の視野を広げ、認知構造そのものを成長させていく。
BMCは、単にビジネスを設計するだけでなく、
自律的に思考する人間を育てる装置でもあるのです。


■私が、絶対に諦めない理由

私の根っこにあるのは、「人という存在そのもの」への信頼です。

人の想い。
人の価値観。
それらが雑に扱われず、きちんと響き合う世界を、私は見たいと思っています。

なぜか。

それは、一人一人の挑戦を増やしたいからです。

お膳立てがなくても、
気づいたら「つい挑戦してしまっている」変態を増やしたい。

現場と経営の板挟みになりながらも、本質を諦めきれずに、
一人一人が小さな「自分史上初」を積み重ねていく。
その集積が、結果として社会を少しずつ良くしてきたのだと、私は本気で信じています。

BMCは、そのために都合の良い存在でした。

裸で震えている人にとっては、毛布になるかもしれません。

切り付けられて血を流している人にとっては、包帯になるかもしれません。

そこまで酷くなくても、
どこか物足りなさを感じている人にとっては、
未来を描くための「少し楽しい塗り絵」になるかもしれません。

魔法の絨毯ではありません。
一気にどこかへ連れて行ってくれるわけでもありません。

それでも、立ち続けるためには、使える。
私はそう感じています。

既存事業をBMCで語り直す。
異なるマネジメント領域を、同じキャンバスの上に置く。
戦略と戦術のあいだにある「設計レイヤー」を、
サッカーの作戦ボードのように共有する。

派手なイノベーションだけが価値ではありません。
むしろ、こうした地味な統合の中にこそ、持続的な変化の種があると考えています。


おわりに

これは、成功者からのメッセージではありません。
勝ち筋を知っている人間の言葉でもありません。
複雑性と矛盾の中に立ち続けた男の感想です。

それでも諦めたくない奴らへ。

私は、絶対に諦めません。
だから、よかったら一緒に立ち続けましょう。

これが、
あらゆる立場でビジネスモデルキャンバスを使ってきた私の、
いまのところの遺言です。

幸い、未だ未だ元気に現役をやっておりますので、
ぜひ一緒に、仕掛けに行きましょう。

ーー
もし、この『遺言』があなたの心に少しでも触れたなら、スキやシェアで教えてください。それが私の活動のガソリンになります!!

最後までお読み頂きありがとうございました☆


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