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nanadays
梯子を外さない、ちゃぶ台を返さない
前提を覆される、ということに強い怒りを覚えるタチだ。
例えばバッグを探している友人がいたとして、「形はトートで、素材は革で、色は赤で、肩紐が付いてて肩からも提げられるタイプがいい」という条件を挙げ、わたしに「一緒に探して」と頼んでいたとしよう。それでわたしは、自分が欲しいわけでもないバッグをその人のために何店舗も回って、ネットも使ってさんざん探していろいろ提案する。でも何を提案しても微妙な顔をするだけで、最終的に、「やっぱなんか赤のバッグって使いづらそうだから、黒とか茶色で、もうちょっと小さくて、革製のトートバッグにしようかな」などと言われたらどう思うだろうか?わたしは、「もっとはよ言えや」と思う。
しかもわたしは捜索の途中で、「黒とか茶色とかもあるし、そっちのが合わせやすくない?」と提案していたりするのだった。でもそのときは「いや、絶対赤がいいんだ」と言われたので、じゃあ赤がいいんだな、とずっと赤のトートを探していたのに、いまさら何言うとんねん、とあきれてもしかたがないと思う。
実際にそういうことを身近な人に何度かされておいおいと思ったので、バッグの例えに変換してみた。その人がそういう思考の癖であるだけでまったく悪気がないのはわかるのだけども、梯子を外すというのかちゃぶ台を返すというのか、そういうことをされるとどうしても腹が立ってしまう。その人が自分に費やしてくれた労力を無にするようなことをすると、恨まれる素になる。自分が「探して」と頼んだなら、なおさら。
その人は近しい人だから直接指摘もするけども、思考の癖というのはなかなか変わらない。そもそも他人は、わたしの思い通りには決してならないものだ。わたしが確実にできるのは、わたしが同じ振る舞いを誰かにしないことだけだと思う。
