生きることを辞めようと思って自転車を漕いだらほうれん草とバナナのスムージーみたいな日々が待っていた。(創作大賞2025応募作品)
第1章 さよなら浅草。絶望と自転車。
ボクは晴れ男だ。
学生時代の行事、会社の入社式、初めての海外旅行、彼女との初デート。雨など降ったことは無い。“ここ一番“はぜんぶ晴れ。人生のハイライトっぽい瞬間には、決まって晴れがやってくる。日差し、まぶしい。
けど、死のうと思って長く住んだ浅草を出る時くらい雨が良かったな。雨の中で自転車を漕いで、絶望感を演出してもらってそのまま朽ち果てたかった。
しかし、晴れだ。困るんだよなあ。
“ここ一番”が出てこられると。
まるで人生がまだこれからも続く前提みたいじゃないか。と内心で毒づきながら、浅草の外れで自転車のサドルをキュッとあげた。もう戻らない。戻れない。
ついでに言うと、戻っても部屋はもうない。家賃を滞納して出てきたから、あれはもう他人の空間だ。
この数年、自分という存在が、ただいるだけの
空気みたいになっていた。朝、起きても誰にも
気づかれず、何かをしても誰も見てない。誰の
人生にも関与してないような気がして、それならいっそのこと、いない方が良いんじゃないか
って思った。
社会にも、誰かの心にも、自分の名前が刻まれていない。誰の記憶にも残らない、誰の感情も動かさない、そんな毎日を積み重ねていたら、心の中に自分なんて最初から必要なかったのでは?って思いはじめた。
人と話してても、飲み会に参加しても、そこに
自分がいる意味が感じられなかった。「またね」と言われても、それが本当に“また”なのかも分からない。どこにいても仮住まい感があって、安心できる居場所なんて、ボクにはどこにもなかった。
そして、いつのまにか鬱になり沈んでいた。
誰かに診断されたわけじゃない。
そんな感情が溜まりに溜まって、ある朝、何もできなくなった。歯ブラシも、お風呂も、着替えも、カーテンを開けることすら。朝が怖くて、夜は終わらないまま続いて、スマホを握りしめたまま気づけばまた朝に。
自分の輪郭がぼやけていくのを、指をくわえて
見ていることしかできなかった。助けを求める
勇気もなかった。というか、「助けて」と言える関係がなかった。強がってるうちに、ほんとうに孤独になってた。
最初は、何かのきっかけで元に戻れると思ってた。でも、日々の中で、何をしても価値が感じ
られなくなっていってしまった。
そして、家から出なくなっていった訳だ。
けど、家を出た。いや、正確には出ざるを得ない状況になったからだ。
荷物は自転車とリュックサック。それだけだ。
他は全部捨てた。
死ぬ時に荷物なんか何の役にもたたない。
仮にベンツやロレックス、ゴールドやバーキン
を持ってても、死を覚悟した者を前にしたら
役たたずその物だ。
こうなってみると人生って、頭の中にある思い出だけでも充分なのかもしれないな。ってこの時に感じた。
身軽って言えば聞こえはいいが、実際はほぼ
無一文のホームレスである。
自転車は、ブームの時に買ったロードバイク。
買った瞬間だけテンションが上がって、その内、部屋の隅っこでホコリを被るそれ。
それでも旅の相棒に選んだのは、誰かに選ばれたかった自分の代わりだったのかもしれない。
この旅は完全に行き当たりばったりだった。計画なんてまったく無い。準備もゼロ。スマホの地図だけが頼りで、宿もない。財布には数万円ぽっきり。
家も、仕事も、未来の予定表もナシ。あるのは、自転車を漕ぐ「か細い足」と、ちょっとのヤケっぱち。
そして、浅草をでる時にボクは
「死ぬなら、海がいい。」そう思った。
死にたい人間にしては、やけに爽やかなチョイスだと思う。でも、ボクにとっては、それがちょうどよかった。どうせ死ぬなら、潮風にでも吹かれながら、ふっと消えてしまいたかった。
その一言だけが、旅の理由だった。
明確なゴールもなければ、期待も希望もない。
ただ、日々の息苦しさから逃げだしたかった。
ぜんぶがイヤになった。
自転車のペダルを漕げば、過去が少しずつ遠ざかっていく気がした。だから、ボクはあてもなく走り出した。
そして、浅草から海を目指して、とりあえず西に走り出したはいいものの、ペダルを漕ぎ始めたボクは、まず最初の十メートルで思った。
「……これ、本当にやるんだな」
思えば、これまでの人生、何をやっても中途半端にやめてきた。英会話、学習塾、部活動、婚活アプリ。三日坊主が当たり前で生きてきた人間が、いきなり自転車旅に挑むなんて、どうかしてる。
大前提として、体力もない。精神力も、方向感覚もない。あるのは勢いと、湿った絶望感だけ。客観的に見ると、無謀を通り越している。
信号で止まるたびに、やる気が削がれていった。通行人の視線がチクチクとボクの心に突き刺さっている。多分、気のせいの自意識過剰。
自分しか見ていなかったこの数年間。他人をしっかり見つめる勇気がこの頃のボクには無かった。
でも、自転車ってすごい。止まると転ぶし、漕がないと進まない。走り続けないと死ぬという意味では、ボクの今の状況と見事にシンクロしていた。
ただ、家を出たことだけは確かで、浅草の風景が少しずつ後ろに遠ざかっていく。いつもの商店街、観光客の喧騒、スカイツリー。それらを振り返らないように、ボクはひたすらペダルを漕ぎ続けた。
引き返す理由もなければ、止まる理由もない。それに、どれだけ無謀でも走ってる感だけはある。走ってさえいれば、人生が一時停止したような感覚から逃れられる気がした。まるでペダルに、過去を砕く機能でもついてるかのように。
HPがみるみる減っていく中で、少しづつ変わっていく景色を見ながらほんの少しだけ心が弾んでいるのを感じていた。
だけど、たぶんそれでよかった。完璧に暗いままだったら、すぐに潰れていたと思う。この中途半端な矛盾が、今のボクを走らせていた。
最初の夜は、公園のベンチで眠った。夜に公園から見える誰かの部屋の明かりが、遠くで瞬いている。
あの中の誰かは今、温かい食事を摂り、テレビを見て、今日という一日を当たり前に終えているんだろうなってふと思う。
夜の空を見ながら自分自身に問いかけ、「このまま永久に目が覚めなくてもいい。でも、当たり前に目が覚めるんだろうな。」と思った。
ボクは明日があることに腹を立てていた。
秋だというのに蒸し暑く、虫が耳元で音を立ててる。全力でボクの眠りを邪魔してきた。けど
疲れのほうが勝っていた。硬いベンチでも意外と、ぐっすり。
翌朝、目が覚めて、老人が公園を歩いてた。
ちょっとがっかりした。「あれ、生きてる」って。当たり前に今日は来た。
でもまあ、仕方ない。もう一日、漕ぐか。
第2章 ペダルを漕げば心が少し軽くなる気がした。
今日も相変わらずの晴れ。10月なのに地球温暖化が今日も仕事をなさってる。クールビズならぬ、クレイジーヒート。
ぽかぽか陽気の中、自転車を漕ぐたびに、
「か細い足」の筋肉が聞いてないよと文句を
言う。ふだんは段差すら避けて歩いていたような足に、いきなり“西へ向かえ”なんて命令してるわけだから、これはもう労基案件。可哀想な足。
つい、数日前までは女の子から羨ましがられるような細かった足は、最近は発酵しすぎたバゲットみたいにぷくぷく膨らんでいる。
東京を離れるにつれて空はやけに広かった。夕暮れの峠道で見た雲は、金色だった。あんな色の雲、東京では見たことない。いや、たぶんあったんだろうけど、見上げる余裕がなかっただけだ。
風景はどんどん変わっていく。車道の端を、命を握りしめるようにして走るボクの横で、田んぼが、川が、コンビニが、時に野良猫までが、
まるでスライドショーのように過ぎていく。
時々、空の青さに泣きそうになるけど、泣かない。心の中だけで留めておく方が自分だけの物語で終わるし、他人を介入させるのが申し訳ないって思ってたから。
たまに秋風がうしろからそっと背中を押してくれているような感覚があって、ちょっとだけ
「生きてる」気がした。あぶない。あぶない。
人間って、難しい。
一生懸命に話を聞いても、一緒にいても、心までは近づけないことの方が多い。どれだけ笑っても、誰かの大事な人にはなれない。表面では
うまくやれてるつもりでも、内心では「なんでこんなに一人なんだろう」って思う瞬間が、ふいにやってくる。
深夜の帰り道や、週末のカフェ、LINEの既読がつかない画面。その全部が、「お前は居場所がないぞ」って無言で告げてくる気がした。
そんな感覚を抱えたまま生きるのって、けっこうしんどい。誰にも必要とされていないような気がする。「いてもいなくても変わらない存在」って、自分で思い込んでた。
だから、自転車に乗って風を受けることで、いま、たしかにここに存在してるって思いたかったのかもしれない。人の視線じゃなくて、風や太陽の光に包まれているほうが、よっぽど安心できた。
ペダルを漕ぐたび、心の奥の何かがわずかに
ほぐれていく感じがした。自転車って、いい。
変速ギアはうまく使えないけど、それでも、ただ回せば進んでいく。なんだかそれだけで少し安心する。
とにかく、ずっと自転車を漕いでた。
ガタガタな道でも、急激な山道でも、喉が渇いても、「か細い足」が悲鳴をあげても、ただひたすら前へ。
なぜなら、止まると目的を見失いそうだったから。もしくは、自分がとっくに目的なんか持ってなかったことに気づいてしまいそうだったから。
ボクはまるで、自転車版マグロだった。泳ぎ続けないと死ぬと言われる彼らのように、走り続けることだけが自分をつなぎとめていた。
たぶん、全てを出し切りたかったんだと思う。
体力も、気力も、過去も。身体中のすべてを放出して空っぽになってみたかった。
自分の中にあるモヤモヤを全てだしきった後の
自分を知りたかったんだと思う。
それからの日々、世界はシンプルになっていった。「次のコンビニまで何キロ?」「あの橋の下、寝られそう?」
考えることはそれだけ。計画性ゼロの旅は、逆に脳の余白をどんどん作ってくれた。太陽に合わせて動いて、夜には電池切れのように眠る。まるで自然界の生き物だ。進化論が逆回転してるみたいだった。
食事はというと、たこ焼き、菓子パン、道の駅のうどん、スーパーの半額弁当。そんなもので命をつないでいた。
少し寒い日に道端の自販機で買ったあったか〜いコーンポタージュを飲み干すと、缶の底に残ったコーンを出すために、無意識に缶をカンカン叩いていた。「なんか、これ、子どもの頃からやってるな」と苦笑した。
死にたい奴が、ポタージュのコーンまで惜しがってんの、なんて間抜けで、なんて健気なんだ。そんな自分にちょっとだけ呆れ、そして少しだけ救われた。
死にたいのか生きたいのか、境界線がどんどん
曖昧になっていく。ボクにとって、それはひとつの救いだった。はっきりさせる必要なんて、
そもそもなかったのかもしれない。どっちでも
いいや、って思えた瞬間、人はちょっと自由になれる気がした。
気づけば、自転車を漕ぎ続けて何日目か。西日が差し込む県道を、ギアを一番軽くして、じりじり登っていく。お尻はもう、完全に自転車と一体化している。というか、尻の感覚がない。手の甲は焼けすぎて、もはや失敗したベーコン状態。動かすたびにパリッとひびが入り、割れていきそう。
筋肉痛と疲労感が、もはや身体の覇権を握っていた。それでも、前に進んでいた。けど、不思議とボクは、その中でほんの少しの躍動感も感じていた。
たまに、通りすがりの人に道を聞いたりすると「がんばってね」「どこまで行くの?」と気軽に話をしてくれた。自分としか喋ってない2年間。外に出てからなりふり構わなくなっていたこの数日間。そんな一言が、実は味噌汁より沁みる日もあった。
人と喋るっていいんだなって思った。
そして、旅が七日目を迎えるころ、ふと思った。
「なーんか、生きてるなぁ」
死ぬために出発したのに「空気うまい」「田んぼがまぶしい」みたいな、どうでもいい感想にやたら反応している自分がいた。
なんなら、その感動にいちいちひとりで頷いて
いる。死にたいはずがまるで老後までタイムスリップしてしまったようだった。
「この道の先、どうなってるんだろう?」って
思い始めた時点で、たぶんボクはもう死にたい人間じゃなかったんだろうな。
「死ぬって、なんだろうな」
自転車のハンドルに肘を置きながら、
ボクはふとそう思った。誰かに言うでもなく
自分の頭のなかで。
死ぬって、いなくなることだ。でも、いなくなる前に、誰かの目の前から消えることのほうが先に来る。友達、家族、隣人、通りすがりの人。その全部から退場するようなもの。
だけどボクはまだ、自分からも退場しきれてなかった。足を動かして、汗かいて、腹減って、眠くなる。ああもう、ぜんぶ“生きる”方向に向かってる。
“死”って、もしかして、「生きることをやめる」んじゃなくて、「生きる実感がないまま続けること」かもしれない。
そう思ったら、なんだか怖くなった。死ぬのが
怖いんじゃない。生きてるのに生きてる気がしないまま続いていくのが、怖いのだ。
そんな思考のぐるぐるが
ペダルと一緒にぐるぐる回っていた。
矛盾だらけの自転車旅。
でも、不思議とわるくはない。
第3章 ただ海が見たかった。そして旅の終わりへ。
そしてある日。
佐世保の街が見えた。
浅草から出発してペダルを踏み続けて、間違って温泉街に迷い込んだり、夜の山道を何かの音がする中でビクビクしながら超えたり、何時までも続くような上り坂を、必死に自転車を押して歩いたりしながら長崎まで来てしまった。
冷静に考えると、軽いノリでやる距離じゃない。でも、やってしまったのだ。
勢いとは恐ろしい。人間を東京から長崎まで連れてくることができる。
港町独特の匂い。ちょっと錆びた海の匂い。湾の向こうには軍艦みたいな影が浮かんでいて、
そこにボクの知ってる世界がひとつもない感じがした。
佐世保の街を見たとき、ボクはなんだか不思議
な気持ちになった。遠くから見た街の景色が、
まるで映画のラストシーンのようにぼんやりと
浮かんでいる。ああ、ここまで来たんだな、
という実感が、じわりじわりと体に染みていく。
途中、何度も挫けそうになった。
というか、ちゃんと挫けていた。雨に降られ、
風に吹かれ、体が痛くなって、もうやめようかと何度も思った。でも、そのたびにまたペダルを踏み出していた。理由はよくわからない。ただ、止まると本当に終わる気がしただけ。
「ここまで来たんだな」
誰に言うでもなく、つぶやいた。
風がびゅうっと吹いて、前髪をぐしゃっとかき
乱す。目に塩っぽい風が入って、少し涙が出た。それが風のせいか、自分のせいか、それとも嬉し涙なのか、悲し涙なのか、それともただの疲れのせいなのかは、もうわからなかった。
でも、同時に思ったのは、「ここまで来たから、もうどこへでも行けるんじゃないか」ってこと。どんなことがあっても、何度だってやり直せるって。
浅草を出たとき、死にたかった。ほんとに。
比喩とかじゃなくて。人生のマイレージを捨てて、さよなら世界、と言う準備はしていた。
だけど、あれこれ食べて、寝て、起きて、走って、汗かいて、道端で鼻をかんでるうちに、なぜか少しだけ生きることに未練が出てきてしまった。
それはたぶん、自分がまだ完全に退場してなかったからなんだと思う。誰かの前からじゃなく、自分自身の前からも。
長い長い旅だった。自転車のペダルを漕ぎながら、ボクは死にたくて、でも生きたくて、何度も自分を見失ったり、取り戻したりしていた。
その途中で見た景色や出会った人々、感じた風の匂い、すべてがボクの中でひとつになって、今、佐世保の港にたどり着いている。
「ここがゴール」と言えば、そこがゴールになる。でも、ボクにとってこの旅は、たぶんゴールなんて最初からなかった気がする。終わらせる理由がない限り、人生って、終わらない。たぶんそういうものだ。
それでも、気づいたことがひとつだけある。
生きるって、ちょっとだけ面白い。
死にたくて走り出したはずなのに、気づいたら
生きている自分に興味が湧いてきた。それが何
よりも不思議だった。
佐世保の街が、ただの通過点にすぎないことは
わかっている。でも、少なくともボクは「今」を感じている。
そして、それが何よりの報酬だと思った。
第4章 ゼロ円の屋根の下。生きなおしを始めた。
佐世保に着いて数日後、心も体もなんとなく落ち着いて、コレからの事を考え、いろいろと調べていると、ボクはネットで「家賃ゼロ円シェアハウス」という、字面だけで警戒心を煽ってくる物件を見つけた。
ゼロ円。タダ。無料。
いろいろな疑問が頭の中で回るけど意味する
ところはひとつ。「なんか、あるだろ」人間、
ゼロには理由がある。
飲食店なら「味がしない」とか、不動産なら
「何かが出る」とか。とにかくゼロは、宇宙の
ブラックホールと同じで、何かを飲み込んで
しまっているのだ。
その物件は、電車は走っていない。バスは2時間に1本という、まさかの秘境にあった。しかも坂。坂、坂、また坂。自転車旅を終えたばかりの「ぷくぷくバケット足」には、軽く拷問だった。
標高だけで言えば、もはや観光地に指定しても
いいくらいだと思う。
坂をいくつか越え、民家の影がまばらになって
きたころ、不意にその家は現れた。ボロい。
いい意味でボロく、悪い意味でもやっぱりボロかった。
言うなれば、建築の中年太り。元はシャープな
構造だったはずが、時の流れに負けて輪郭があいまいになっている。壁の色も、「白だった時代があった」と伝説で語られるような風合いになっていた。
「お好きにどうぞ」というオーナーの言葉に
ちょっと笑ってしまった。そんなアパートメント、聞いたことがない。なんか、よかったのだ。その脱力感が。
初めてその家に足を踏み入れたとき、空気がちょっと濃かった。築年数は数十年オーバー、廊下はギシギシと鳴き、柱には過去の住人の名残か、やけに几帳面なメモ書きが残っていた。
シェアハウスというより
人が生きてきた跡の博物館に近い。
庭の草は天まで届けの勢いで伸びすすめていて、キッチンは散らかり放題、風呂場のカビはアート作品みたい。夜中に屋根裏でねずみが運動会を開催しはじめたり、洗濯機がたまに爆発音を立てたりするような、はたから見たら大丈夫か?って思う様な部分が沢山あった。
けど、ボクはココで「生活」を始めた。そして、ボクはそこを「家」と呼ぶことにした。だって、それ以外の選択肢がなかったし、なによりそのゆるさが、少しだけありがたかったから。
そこには人がいた。ちゃんと生きて、ちゃんと
迷って、ちゃんと逃げてきた人たちが、ぽつぽつと住んでいた。
住人は、ボクを含めて4人。海外でヒッチハイクをしてる旅人とか、仕事で日本各地を転々としてるとか、家出してここにたどり着いたという青年とか。ひとりとして「普通」の人間がいなかったのが逆に心地よかった。
みんな、何かから逃げてきた感じがする。けど、誰も詮索しない。夕飯を一緒に食べて、時々ビールを分け合って、ボロボロのソファに身を沈めながら、テレビのバラエティをぼーっと眺める。それだけで、なんだか十分だった。
「あ、生きてるな」って、また思った。
「家族」と呼ぶには距離があるけど、「他人」と呼ぶにはちょっとあたたかい。そんな微妙な関係性が、ボクにはちょうどよかった。
朝起きて、洗濯して、スーパーに行って夜ごはんを作って、たまに誰かと話す。それだけのことが、あのころのボクにはすごく新鮮だった。
誰かに必要とされることもなければ、何かを期待されることもない。でも、「ここにいていい」と思える場所があるというだけで、人は案外、生きていける。少なくともボクはそうだった。
このシェアハウスでの時間は、人生のリハビリだった。死ぬことをやめたボクが、「生きてみる」練習をしていた場所。
自転車旅がデトックスだとしたら
シェアハウスでの生活は回復食。
例えるなら“ほうれん草とバナナのスムージーみたいな日々“であった。いつの日か、健康オタクの友人に出されて飲んだあのスムージー。
見た目はちょっとアレだけど、体にはやさしい。分かりずらいけど、ジワジワ効いて不思議と元気が出てくる。なんだか変な組み合わせ。それがこのシェアハウスでの生活だった。
そして気づけば、秋がまた近づいていた。あの
年とは違って、今年の秋風は、ちょっと優しい気がした。
第5章 ミカンの皮をむくように。
いろいろあったけど、どうにか生き延びる術を
みつけたボクは、「生活の再建」というよくわからないプロジェクトを自分で勝手に立ち上げた。
その第一弾が、ミカンの収穫バイトだった。
場所は愛媛。オレンジ色の県だ。
ネットで「住み込み 短期 バイト 即日可」と検索し、条件のゆるそうな案件にとにかく片っ端から申し込んだ。選んでる余裕なんて、ボクにはなかった。
電話口の人はやけに明るくて、ボクのテンションと3オクターブくらい差があったけど、住み込みOKで、食費もタダという魔法の言葉に誘われて、ボクは荷物をまとめて愛媛に自転車を走らせた。
現地に着いたボクは、オレンジ色に囲まれた。
まるでポストカードみたいな風景の中で、ボクはひたすらハサミを持って、ミカンを切り続けた。右手で枝を押さえて、左手でスナップ。ガサッ。コンテナにポイ。それを、朝から夕方まで。黙々と。
思ってたよりキツかった。ミカンの木はやたらと身体に絡まるし、日差しはじわじわ体力を奪ってくるし、ミカン畑の斜面は予想外に急だった。
ミカンを積んだコンテナも重く、毎日、足と腕がパンパン。夜は湯船なんてなくて、ぬるいシャワーを浴びて、カーテンのない二段ベッドで倒れるように寝た。
でも、たまに差し入れで出る「はね出しミカン」が、信じられないほど甘かった。少し傷がついてたり、形がいびつだったりして、市場には出せないミカンたち。それでも、いや、だからこそ、美味かった。まるで自分を食べてるような気持ちになって、ちょっと泣きそうになったのは、ボクだけの秘密だった。
人はみんな優しかった。腰を痛めたら湿布を大量にくれた。お金が無くてお昼を節約してたら、おばちゃんが毎日お弁当を作って持ってきてくれた。車をぶつけても「気にするな」の一言で終わり。
人って、優しさに触れると、涙だけじゃなくて、ずっと黙ってた感情までぞろぞろ顔を出してくるんですね。ほら、私もいたのよって。
怒りとか、寂しさとか、ちょっと拗ねた希望とか。泣いていいのか笑っていいのか、わからなくなるくらい。
ボクは、ちょっとずつ「働く」という感覚を取り戻していった。怒られず、責められず、ただ黙って汗をかく。それだけで、心が少し軽くなるのが不思議だった。
あのミカン畑の匂いはいまでも覚えてる。潮風と土と、果物の甘さが混じった、どこか懐かしい感じのするにおい。
もしかしたらボクは、ミカンの皮みたいに、いらない部分を少しずつ剥がしていったのかもしれない。傷ついたところも、不格好なところも。それでもちゃんと、甘さは残ってたんだなって思う。
自転車を漕いだ時には働くなんて想像もしていなかったが、ボクは働いた。いや、働けるようになっていた。
久しぶりに働いて自分を知れた。感じれた。思い出せた。大切な時間を愛媛でもらった。
それは、お金以上にボクには価値のあるものであった。
第6章 この文章を読んでいるあなたに。
未来は相変わらず白紙だ。でも、真っ白なノートって、意外とわくわくする。
ボクはずっと、「期待される自分」を演じていた気がする。親の期待、学校の空気、会社の役割、友達のノリ。ぜんぶ、“そこそこ”にはこなしてきた。でも、“ほんとの自分”なんて、どこにもなかった。誰かに認められたい。でも、誰かの役に立ってる気がしない。「自分には価値がない」って言葉が、いつも心のどこかにいた。
あの時、浅草で諦めずに自転車で旅に出たボクに、「よくやった」と言ってやりたくなる。
「生きるって、なんだっけ」って思ってたけど、自転車が答えを教えてくれた。
ボクの旅は、きっとまだ続く。
だけど今は、このシェアハウスという
宇宙で、ちょっとだけ一休み。
もしかしたら、ボクは「死にたい」じゃなくて、「人生に疲れてただけ」だったのかもしれない。
それなら、もうちょっとだけ、生きてみようか。
生きるって、たぶんそれくらい雑で、緩くて、
気まぐれで、それでいい。
このエッセイに、結論はない。というか、人生にオチを求めるのはナンセンスだ。オチがついたら、それはもう終わりってことだから。
だからこれは、あとがきじゃなくて
“つづきの途中”だと思ってもらえたら嬉しい。
ボクの旅は、たぶんまだどこかへ向かってる。
その先に何があるかは知らないけど、少しの希望くらいは、この経験から得られた。
死にたくて始めた旅が、いつのまにか
“ちゃんと生きる練習”になっていた。
自転車で放浪してた時間も、シェアハウスの埃くさい布団も、ミカンの汁でベトベトになった手も、全部まるごと、“生きてる”って感じがした。
次の旅にでる時は、晴れ男の“ここ一番“が来ても心置きなく喜べるはずだ。
きっと、大丈夫だ。(終わり)
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