「カラオケで堂々と歌えない人は自己肯定感が低い」と言い放った元彼へ。それでも私はカラオケが好き。
「カラオケに市民権があるこの時代、音痴あまりにも生きづらいーー。」
そう思いながら生きることはや20年。
小学校のお歌のテストで一生懸命歌っただけなのに周りがざわつき
「あるはずのない中音で歌えるの逆にすごいよ」と励ましなのか貶されているのかわからないコメントをもらう始末。中学生になってから誘われるようになったカラオケでは、「私下手だよ〜」と前振りしているにも関わらず歌わされ、何度場の空気が凍ったことか。
だが悲しいことに、遊び場が限られている地方女子高校生にとってカラオケは円滑な交友関係を保つために切っても切れない場所なのである。
部活の大会が終わるたびに、テストが終わるたびに、定期的に訪れる試練。
ひたすら友達の歌にタンバリンを振ったり、ドリンクバーに駆け込みながらあの手この手を使って逃れてきた。
そんな数々の涙ぐましい努力もさすがに2人のときは通用しない。
2~3時間、相方一人で持つわけがなく、自然と私も曲を入れることになる。
特に当時付き合っていた彼氏がカラオケ好きなこともあり、高校時代の私は定期的に重たい足でカラオケに赴いてはオドオドと自分の拙い歌を披露していた。誘った手前、一生懸命相の手やコメントをしてくれるけれど、それでも人様の前で「歌」と向き合わないといけないあの4分弱の孤独な時間が、ずっとずっと嫌いだった。
・・・
高校時代の恋愛とは儚いもので、なんやかんや別れて数年が経った頃。
ふとしたことから元彼のツイートを見る機会があった。
カラオケで自信持って歌えない人って、根本自己肯定感が低いよね〜。
逆に堂々と歌える女の子は自信があって、付き合っていても楽しい。
音痴の気持ち、考えたことあるか??
とんでもなくデリカシーにかける発言。しかも前者で確実にわたしを想起して書いている。音痴にとって自己肯定感があるとかないとかは関係ないんだ、ただ本当にリズム感とかわからないし人前で笑われたことが多くてコンプレックスなだけなんだよ!!
当然腹が立ったし、あれだけの時間を共にしたのに、わたしの抱えていた怯えやコンプレックスには1ミリも寄り添ってくれていなかったことが、ただただ悲しかった。
でも一方で、彼のツイートが妙に真理をついていて、胸に刺さったのも事実。 あんなに時間を共有したのに私の痛みを分かってもらえなかったのは、きっと私自身がどこかで彼と表面的な付き合いしかできていなかったからだ。
思い返せば、当時の私は「誰かから評価されること」が自分の価値のすべてだった。恋愛においても、嫌われたくない一心で相手の言うことばかり聞いていた。自分の意思なんてない、今思えば本当につまらない女だったと思う。
嫌われたくなくて素の自分をさらけ出せなかったのは、まさにわたしの「自己肯定感の低さ」の表れだったのかもしれない。
・・・
あれから十数年。 たくさん仕事をして、恋愛をして、趣味にも打ち込んだ。 最高に楽しい時期も、息が詰まるほどしんどい時期も乗り越えてきて、気づけば私は、今の自分のことをなんやかんやでけっこう好きでいる。
そんな今の私は、気の置けない夫と友人たちと4人で、よくカラオケに行く。 相変わらず歌は絶望的に下手くそだ。でも、取り繕う必要のない大好きな人たちの前で、好きな歌を全力で歌うのは最高に楽しい。タンバリンに逃げることも、ドリンクバーに避難することもなく、遅れてやってきた青春を謳歌している。
高校時代の元彼へ、見ているか。
相変わらず歌は下手だけど、今日も私は自分らしくカラオケを楽しんでいるぞ。
