専任の人事は、何名から必要か
「人事って、いつから自社で採ったほうがいいでしょうか?」
成長中の会社の社長から、よくこう聞かれます。
そのとき私は、いつも質問で返します。
「人事の役割を、どこまでとお考えですか?」
多くの社長は「採用とか、、、人の管理?」みたいに答えます。間違いではありません。ただ、それは人事の入り口にすぎない。
そして実は「いつから採るべきか」の答えは、人事を何の役割だと思っているかで変わります。
私は、成長中の会社のバックオフィスを横断的に立て直す仕事をしています。その経験から言うと、人事はバックオフィスの中でいちばん誤解されて「狭く」思われている領域です。
今日はその誤解を解いたうえで「従業員何名から社内で人事が必要か」に、数字で答えを出してみます。
人事は、採用の部署ではない
まず定義から。
人事とは、人の問題を解決して会社を成長させる「機関」です。もう一歩踏み込めば、会社の向かう方向と、社員一人ひとりの向かう方向を揃え続けるための機能です。
その中身は、採用のほかに教育・人事制度の構築と運用・労務・組織開発など少なくとも5つの機能に分かれます。
教育の仕組みがなければ人は育たない。評価・報酬の制度がなければ、頑張りが正しく報われない。
労務が崩れていれば働き方そのものが崩れる。組織開発がなければ、部署間の連携は生まれない。
しかも、この5つは独立していません。
評価と教育は表裏です。評価で気づきを渡し、教育で成長を支える。採用は理念や制度と直結します。誰を採るかは、何を大事にする会社かで決まる。
一つを動かせば必ず別の機能に波及する、つながった構造をしている。だから、どれか一つが欠けるだけで、会社の成長はどこかで詰まります。

これだけ広いにも関わらず、社内で網羅的に担当している人事がいる会社は、ほとんどありません。(コンサル自体もそれぞれの領域に分散しています)
それはなぜか。
ベンチャー規模の会社にバックオフィスができていく順番は、大体決まっています。
最初は経理です。売上が立てば、お金の管理が必要になる。厳密に言えば、このとき最初の"人事"も生まれています。それは給与計算です。ただそれは経理業務や社労士への外注の中に溶けていて、誰もそれを人事とは呼びません。
次に総務。そして「自覚される」人事業務は、労務・採用から始まり、たいてい誰かの兼任になります。人事だけに専任の人件費を割けないからです。これは社長の怠慢ではありません。お金の管理から整えるのは、経営として正しい順番です。
人事が後回しになるのは、怠慢ではなく構造です。
組織の危機は、規模の順番でやってくる
経営学には、この「構造」を50年前に言い当てた古典があります。グレイナーの企業成長モデルです。

グレイナーは、会社の成長は滑らかな一本道ではなく、「進化」と「危機」の繰り返しだと指摘しました。
創業期は、社長の情熱と個人技で伸びる。しかし人が増えると、個人技では回らなくなる「リーダーシップの危機」が来る。
仕組みで回し始めると、今度は現場が窮屈になる「自律の危機」が来る。危機の種類は、規模の順番で決まっているというのです。
つまり、10名の会社で兼任人事が回っていたのは、間違いではありません。その規模では、社長の目が全員に届くからです。問題は、規模が変わると、昨日までの正解が今日の危機になること。
採っても育たない、評価が曖昧で何を頑張ればいいか分からない、制度がないまま人数だけ増えて現場がぎくしゃくする・・・
私の体感では、年商5億・社員が2桁を超えたあたりから、人事の不在が成長を止める側に回り始めます。
これが実際にどう見えるか。
以前、「人事制度を作ってほしい」とご依頼をいただいた会社がありました。
ところが中に入ってみると、制度以前のところでつまずいていました。労務がまったく手つかずで、年間休日が80日代しかなかったのです。
頼まれたのは「制度」でした。
でも蓋を開ければ、その手前の「労務」という機能がごっそり抜けていた。このときは、半年かけて年間休日を適性にするところから始めました。
制度や教育といった"見栄えのする人事"は、給与計算と労務という土台の上にしか立ちません。土台が揺れているうちは、その上に何を建てても崩れる。 一つの機能を頼まれて入ると、隣の機能が止まっている。
これは、この会社だけの特別な話ではありません。
では、何名から専任を置くべきか
本題です。私は3つの物差しで考えます。
物差し① 法律から考える。
労働法は、会社の規模に応じて義務を積み増していきます。従業員10人以上で就業規則の作成・届出義務。そして常時50人以上になると、衛生管理者の選任、産業医の選任、ストレスチェックの実施が一気に義務化されます。
つまり法律は、50人を「素人の兼任では管理しきれない規模」と見なしているわけです。実務の現場でも、労務トラブルが目立ち始めるのは30人前後からと言われます。
物差し② 人事担当の比率から考える。
人事の世界には「社員100人に人事1人」という有名な経験則があります。実際の調査でも、人事部門の人員は正社員全体の平均で約2%、大企業ほど規模の経済が働いて1%を切っていきます。
逆に言えば、小さい会社ほど1人あたりの守備範囲(部門をたくさん兼任するという意味です)は広くなります。この比率から逆算すると、専任1人目の妥当ラインは30〜50名。20名で専任を置くと人件費比率として重く、100名で1人なら明らかに足りません。
物差し③ コストから考える。
採用・教育・制度・労務・組織開発をひとりで網羅できる人材は、市場では年収800万円から。人事部長クラスの求人なら1,000万円を超えるものも珍しくありません。(CHRO、HRBP等で呼ばれます)
社会保険料を含めた会社負担は、その1.2〜1.3倍。成長途中の会社にとって、この一人は簡単な投資ではありません。かといって年収を抑えて採れば、今度は機能を網羅できない。
3つを重ねると、このような仮説になります。

〜20名:専任ゼロが合理的
ただし「人事機能」は必要 。持ち方は後述します。
30名前後:専任1人目の検討ライン
この規模から、社長の頭の中で決めてきた給与や評価に「説明」が求められ始め、等級や評価の整備が実務として発生します。置くのは実務担当(年収400〜500万円層)で構いません。
50名:必須ライン
法律も、この規模から専任級の管理を要求してきます。
100名:人事「部」へ
1人では回らず、機能別の分担が始まります。
人を雇う時期と、機能を持つ時期は別
ここで大事なことをひとつ。
上の表は「専任を雇う時期」であって、「人事機能が要らない時期」ではありません。
年間休日80日代の会社に、労務機能が不要だったわけがない。機能は10名の会社にも必要で、雇用はまだ早い。このギャップをどう埋めるかが、本当の論点です。
経済学に、ここでも使える古典があります。ノーベル賞経済学者ロナルド・コースの「取引コスト理論」。
会社という組織の境界線は、その機能を市場から買うのと、社内に抱えるのと、どちらが安いかで決まるという考え方です。
規模が小さいうちは、外から買うほうが合理的。規模が大きくなると、社内に抱えるほうが安くなる。境界線は、規模とともに動く。
人事はまさにこの理論の教科書どおりの領域です。20名までは、網羅できる人を外から借りて機能だけ持つ。30〜50名で、社内に実務担当を置き始める。
そのとき外部の役割は「作業の代行」から「担当者を育てる伴走」に変わる。私たちが実際にやっているのはこの形です。
社内に手を動かす担当者を置いてもらい、外から入って実務を回しながら、その担当を育てる。一人の高額な人事部長を雇う代わりに、実務層と外部の二段構えで、機能を先に持ってしまう。

ひとつ付け加えると、外部化の価値を「コスト削減」と捉えると判断を誤ります。
給与計算が一度でも止まれば、会社は止まります。兼任担当の退職ひとつで崩れない「安定して回り続けること」こそ、機能を外に持つ本当の理由です。
そしてこの形のいちばんの価値は、支援が終わる頃に、社内に人事が残ること。使い方の上手い会社は、外部支援を「作業の外注」ではなく「社内に人事を育てる仕組み」として使っています。
勘所の良い社長の動き
私のところに「そろそろ嫌な予感がします」と連絡をくれる社長がいます。まだ何も燃えていない。けれど、このままだと危ないと感覚で分かっている。
グレイナーが言うとおり、危機は規模の順番でやってくるので、この予感はたいてい当たります。そして、この段階で動ける会社がいちばん強い。
人事は、採用さえすれば回るものではありません。人の問題を解決して、会社を伸ばす機関です。
その機関をいつ、どういう形で持つか ── 30名を待たずに、機能から先に持つという選択肢があることを覚えておいてください。
自社の人事機能のうち、どこが動いていてどこが抜けているのか。それを一緒に見るところから始められる無料のオンライン相談を受けています。
「人事が大事だけど、一人雇うのは重い」と思った方は、ぜひご相談くださ
い。
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人事にかぎらず、会社の「守り」全般について書いていきます。よければフォローして、続きも読んでもらえたら嬉しいです。
合同会社ピットインプロジェクト 宮下 和也
人事についてのQ&A
Q. 専任の人事は、何名から必要ですか?
A. 目安は、30名前後で実務担当1人目を検討、50名で必須(衛生管理者・産業医などの法定義務もこの規模から)、100名で人事「部」への移行です。20名以下では専任はまだ早い一方、人事「機能」自体は必要なので、外部を使って機能から先に持つのが合理的です。
Q. まず何から手をつければいいですか?
A. いきなり人を採るより、まず「自社の人事機能のうち、どこが抜けているか」の見える化を。採用・教育・制度・労務・組織開発のうち、動いているのは実は労務と採用だけ、というケースがほとんどです。
Q. 外部に頼むと、社内に人事が育たなくなりませんか?
A. 持ち方次第で逆になります。実務を代わりにやってもらうのではなく、一緒に回しながら社内の担当者を育てる形なら、支援が終わる頃には社内に人事が残ります。
