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墓の世話は誰がする?

今年もお盆が近づいてきた。
それもあり、ちょっと肌寒いような、暑苦しいような、蚊に刺されそうな話。

【まずはラインナップ】


関西ではだいたい8/14〜16がお盆。
京都の、五山の送り火でご先祖があの世に帰り、帰省していた子世代もそれぞれの生活の場に帰り、お盆が終わる。

我が家には、縁のある墓が5つある。
下手をしたら、いつか全部を世話をしなければいけない、『かもしれない』墓だ。
子供達に任せないといけない『かもしれない』墓だ。

①京都伏見:我が家の墓(義父が眠る)

これは、まあいいだろう。
私たちが管理しているし、それを引き継ぐ子供達もいる。
数年前、あまりにも義母が墓墓言うので、対応しなければとても不便な、それこそ大阪と和歌山の県境の山の中の墓地で準備しそうな勢いだったので、うちが建てるから!と力技で建てた。
義父はカソリック信者だったので、宗教問わずで入れる墓地。
草むしりも管理者がしてくれるので、不要。管理料払ってます。
(加えて、うちの敷地も隣近所も、石でびっちりにして、草が生えないようにしている)


②静岡:義父の実家の墓(義祖父母までのご先祖と、義父の兄夫婦が眠る。夫の従兄弟が管理中)

ひとまず問題なし。
夫の従兄弟が管理していて、お兄さんの方はお子さんがおらず、婚姻歴ありの独身。弟さんは息子さんが2人いて、その代までは、墓の守りをする人がいる。

ただし、従兄弟一家はみなカソリック。
カソリックの観点からは、死者の魂は亡くなった時点で天に召されるので、遺骨は別にどうというものではない。
ただ、日本の法律に則って手続きをしているだけ。
また、カソリックになる前のご先祖がそこにはいらっしゃるが、法事等はしていない。この先はどうするのかな。

某仏教系の寺院にあり、納骨の時に別途法事をしないといけないらしい。


③滋賀:私の実家の墓(祖父母が眠る。両親が管理中)

私の両親が健在かつ、弟夫婦がいる。
弟夫妻に子供はいないので、うちの子たち世代の世話になる前に、おいおい弟夫婦と協議が必要。


④京都大谷本廟:私の母の実家の墓(母方の祖父母までのご先祖が眠る。母が管理中)

私の母が管理していて、いずれ私が世話をする予定。
この墓の姓を名乗る親族としては伯母が存命だが、長らく別の新興宗教を信仰しているので、この墓には入らない意向は確認済。

母は私の実家で同居していた亡き祖父と折り合いが悪かったことから、死後まで同じ場所(墓)には入りたくないと、母の実家のこの墓に入ることを希望している。
私の亡き後、子供たちの代に見てもらえるかは、その時しだいだろうな。ひとまず世代先送り。


⑤高知:義母の実家の墓(義母方の祖父母までのご先祖と、義母の弟二人が眠る。)

管理?
場所?
ここが問題で、誰も管理をしていないと思われる。
なぜなら、この姓を名乗る人が、もう居ないのだ。今回はこの墓について語りたい。


【おそらく誰も世話をしていない墓】


 義母の実家は高知県にあった。県庁所在地ではないが、それなりに大きな市だ。
 この墓地の『存在』を知ったのは、認知症になった義母に法定成年後見人(以後、後見人)をつける準備をしていた時だ。義母の持ち物の中から、高知のお寺の案内パンフレットが出てきたのだ。

 まだ意思の表明ができていた頃の義母からは、彼女の実家の土地についての相談はうけていた。
 共有名義で、車の入れない旗竿地で、地区の道路開発からもエリアが外れていて、売るに売れない土地。
 共有名義者の誰かが固定資産税を払わずにいると、市が他の所有者に請求してくる、負債にしかなっていない土地。
 共有名義者とは、その相続で争った経過があり、何人かとは没交渉になっている、土地。
 書いていてわかる。超めんどくさい土地だ。

 その売却の話が、義母の認知症が進行してから、まとまった。
 裁判で争った世代の次の世代は、直接確執などなく。従姉妹たちは、早々に面倒臭しかしない負動産となった親の実家を手放すことを選んだのだ。
 それが義母に後見人をつけるきっかけとなったのだが、家はまだいい、家は。税金やなんやらで、その存在を、親類縁者は意識せざるを得ない。
 では、墓は?。


 義母の代理として裁判所が指名した成年後見人の士業の方がしっかり話をまとめてくださったおかげで、私たちが高知県に行くことなく、義母の実家は売却された。
 おそらく家は取り壊し、土地は更地となったと思われる。夫の記憶によるとその実家には仏壇もあったそう。義母の両親の仏壇のはずだ。
 ・・・・・魂抜きしてないけど、いいんだろうか。
 知らんけど。


 かつて裁判で争った書類の写しなど、一式を義母から預かってあったので、紐解いた。その中には戸籍や住民票の写しなどもあり、一族の歴史が読み取れた。
 高知県の、某N市の山の中の村が、義母の一族のもともとの家。そこからN市の駅近くに転居。転居先が上記の実家だ。
 おそらく墓は、その山の中の村の墓地ではないかと推測している。
 夫の記憶も、義姉の記憶も、高知の墓参りは、山の中の蚊に刺されに行く墓参り、という認識なのだ。場所もうろ覚えで、なんとなく山の中。
 どこかのお寺の墓地ではなく、おそらく町営だったり村営だったり、管理費のかからない場所なのだろう。
 問題は、義母の実家の姓をもうだれも名乗っていないということだ。

 義母は4人姉弟妹の長女だ。
 彼女が結婚した時は、弟が2人、妹が1人いた。妹は結婚して家を出ていき、弟たちもそれぞれ結婚した。

 長男たる弟①には娘2人が生まれたが、弟①が急逝。どこかの時点でお嫁さんと娘たちは義母の実家を出ていて、今となっては娘2人はどちらも結婚しているそうで、別の姓。

 次男たる弟②も結婚したが、大けがをして働けなくなり、その後病死。
彼の元奥さんに息子がいるが、その子は奥さんの姓を名乗っており、次男の子か奥さんが再婚してからの子かは不明だ。少なくとも私の夫と義姉は知らず、知ってそうな義母は認知症で夢幻の世界へ意識を飛ばしている。

 次女の妹は、結婚して娘1人がいる。
 私たちが連絡を取り合うのは、主に次女の娘さんと、次男の元奥さんだ。

 義母の実家は、義祖父が亡くなった時に子世代が相続した。『共有名義』で相続した。
 世代が代わり、その孫世代か仕切る代となった時、だれもが所有していれば手間と税金のかかる土地は手放したがっていた。
 しかし、墓の話は誰も触れなかった。

 話をして?と夫をせっついても、義姉を促がしても、なぜかその話題に触れてくれない。
 超常現象的なことは信じない人間なのだが、フットワークの軽いはずの人たちが、この手のことになると途端に足取り重くなるのはなぜなんだろう。何かが邪魔をしているとしか思えないのだ。 

 片付け魔の私は、とっとと墓終いをしたい。終う権利と義務のある人たちの腰が重く、動けない不思議。
 無人の実家仕舞いも同じことだが、墓の方が大変な気がするのだけれど。

 誰も住まなくなった家が廃墟のようになり、でも所有者が多すぎたり連絡がとれなかったりで、行政も手出しができないという問題が報道されている。
 私がママ友と話す中で、この共有名義の家の話をしたところ、友人はお兄さんが亡くなり唯一の相続人となったために親世代の不動産の面倒を見ているが、27人の共有名義の触れない土地がある話をしてくれた。
 とっとと手放したいが、手放すことに難色を示すのは、27人の中にいる『何にもしない人』らしい。

 住宅もそうだが、墓地もそうだ。
 人口増加時代にどんどん増やしたものが、減少時代に入って動ける人がいなくなり、放置できるものから放置されていくようになってきたのだ。
 家は見えてる。利権もある。報道もされる。
 お墓は?。
 管理料のかからない、ポツンと一軒家に行く道中にある、山の中の墓地のお墓が放置されても、誰も困らない。放置されるがままに放置されるだろう。
 しかし、それでいいのか?。

 遊びでも事業でもなんでも、片付けまでしてやっと一巡だろう。

お、か、た、づ、け だ。

 今なら私は動けるんだが。
 気力と体力があるんだが。
 願わくば、子世代に残したくない前世代の置き土産だ。置いていきたくないと思いつつ、その時がやってくるのを待つしかないのだろう。

 物事には、動けるときに動くべきことと、急いては事を仕損じることが存在する。
 墓も家も、私がこれだけせっついて、能動的な流れを作ろうとしても動く気配がないのは、きっと後者である可能性が高い。
 霊的なものの話をしたいわけではなく。然るべきときに、物事がスッと収まる場合があるのだ。この墓もその類と信じたい。

 その時まで、私の頭の中の片隅に、この高知の山奥の荒れた墓のイメージは解決する日まで、あり続けるのだろう。

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