文字を持たなかった昭和 二百二十六(暖房その五、炭)
昭和30~40年頃の鹿児島の農村。母ミヨ子たちの暮らしぶりの中、暖をとる道具としての火鉢について続ける。
火鉢の熱源に使うのは炭であり、ミヨ子たちは家で作った「消し炭」を使っていたことは書いた。
やがて――昭和40年代半ばだろうか――生活様式の急速な変化が、ミヨ子たちが住まう集落を含む日本じゅうの農村に及ぶに連れ、電気製品の普及が進むのと同時に熱源にも変化が訪れた。つまり、電気とガスの時代に入るのだ。
薪を集めて火をくべていた竈や風呂を使う家は徐々に減っていった。ハイブリットというか薪もガスも両方使う時期を経て、完全にガスに移行するのはもう少し先だが、自家製の消し炭の量は格段に減っていく。
一方で火鉢を使う生活は、舅の吉太郎や姑のハルたち明治生まれの世代にとって簡単に変えられなかったし、何より「家で作れる消し炭があるのに、お金のかかるガスを使わなくても」と渋い顔をされたから、火鉢は健在とまでは言わなくても、生活の風景に残っていた。
消し炭が十分に作れなくなると、当然のように「買ってくる」という発想になる。農協には、ミヨ子たちと同じような家庭のために、大きな紙袋に入った木炭を売り始めた。火鉢にはその炭を使うのだ。「火起こし」で炭に火を点けるのもガスコンロの上で、という場面が多くなり、なんとなく滑稽な感じがした。
