文字を持たなかった昭和 帰省余話1~体調
昭和中期の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子さん(母)を中心に庶民の暮らしぶりを書いている。
前回「二百七十五」の前に2週間ばかり中断してしまったのは、二三四(わたし)自身が久しぶりに帰省していたからで、会えていなかった1年半近くの間のミヨ子さんの変化も含め、いろいろなできごとと感慨があった。新たな発見も。それらを「帰省余話」としてメモしておきたい。
まず基本情報を押えておこう。ミヨ子さんは長男の和明さん(兄)家族と同居し、定期的にデイサービスに通っている。体はあちこちガタがきており膝や腰が痛むようだが、数年前に受けた乳がんや腸捻転の手術の経過は問題ないようだ。食欲もある。ただ、認知機能の低下は否めない――といったことは、ふだんの兄家族との連絡や本人との電話で二三四もおおまかに知ってはいた。
ミヨ子さんと再会しての第一印象は、「思ったより元気」だった。
和明さんからはしばらく前に「家の中で転んだ」「脚が弱ってる」と聞かされていたので、どれほど弱っているのだろう、歩行器が必要なのでは、と心配していたが、前回会ったとき同様、杖を使えば短い距離の移動は問題なさそうだった。家の中ならつい杖なしで立ち上がって歩いてしまうため、ちょっと躓いたり、方向転換したりしたときにバランスを崩して転んでしまうのだ、とお義姉(ねえ)さんが説明してくれた。
本人は「脚がすっかり弱ってしまって*」と嘆くが、それはもう何年も前からの口癖で、トイレぐらいなら、もうすぐ93歳とは思えないほどしっかりした足取りで歩いていく(正確にはもう93歳、「ひと休み(戦前の出生届)」参照)。もっとも本人が嘆く膝の痛みについては、どの程度のものかは量りかねる。
外見は、もうすっかり白くなった頭髪が少し薄くなったぐらいで、衰弱したとかいく回りか小さくなったといった印象は受けなかった。声も張りがある。
そんなわけで、初日の夕餉は楽しく囲み始めることができた。
*鹿児島弁「脚がしったいぼやすなって」。「ぼやし(い)」は「頼りにならない。役に立たない。忘れっぽい。」の意。
