文字を持たなかった昭和 続々・帰省余話17 おまけ「こんにちは」
昭和の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子さん(母)の来し方を軸にして庶民の暮らしぶりを綴ってきた。このところは、先日帰省した際のミヨ子さんの様子をメモ代わりに書いているが、だいたい終わったところでおまけの話題をいくつか。
ミヨ子さんがデイサービスに行った日の日中、思い立って郷里の町まで足を伸ばした。あちこち回る中で、母校の小学校にも足を踏み入れた。子供たちは、相手(こちら)が外部の大人だと認識すると、口々に「こんにちは」と挨拶する。わたしたちが子供の頃とまったく変わらない。先生方も訪問者には(元気よく)「こんにちは!」と声をかけてくれる。
そもそも、事前に「アポイント」もとっていないのに、出入り自由だ。正門も裏門も開け放たれている。これも50年ほど前(!)の在校当時と変わらない。
学校の中だけではない。登下校の子供たちは、通学路で地域の大人とすれ違うと「こんにちは」と挨拶する。もちろん車の運転者は除くが。わたしもできるだけ大きな声で、にっこりして「こんにちは」と返す。「君たちのことを、しっかり見守っているよ」という気持ちをこめて。
日本各地で訪ねたことのある場所は限られるが、子供たちが知らない人(大人)にも挨拶する地域はけっこう多いと感じる。地方によっては帽子を取って挨拶してくれる。学校帰りの地元の子供たちに、元気よく「こんにちは」と言われると、こちらもにっこり笑って「こんにちは!」と返してしまう。「知らない人にも挨拶する」という習慣、教育は、あちこちに残っているのではないかと思う。
一方、地方を訪問するテレビ番組で、地元の子供たちが知らない人に挨拶するシーンが登場し、出演者が驚く場面がしばしばある。あれなどは、周囲との人間関係が希薄な「中央(東京)の目線」でちょっと嫌だなぁと思う。大げさに驚いて見せるスタジオのタレントさんも、意外と地方出身なんじゃないかしら。
挨拶は人間関係の潤滑油、とよく言われる。気持ちよく挨拶されて気分を害する人はいないだろう。しかし、都市に出てしまうと、すれ違う人にさえ敵対的な目を向ける人がいる。「こんにちは」の習慣を身に着けた子供たちが大人になったとき、周りの人から冷たく無視されるような社会ではありませんように。
