文字を持たなかった昭和295 スイカ栽培(4)畑を「ほたる」

 昭和中期の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子(母)の来し方を中心に、庶民の暮らしぶりを綴ってきた。

 このところは、昭和40年代初に始めたスイカ栽培について書いており、前回はスイカ畑の場所について述べた。その日当たりのいい広々とした畑でどんな作業があったか。二三四(わたし)が思い出せる範囲で順番に書いていく。

 田畑の仕事は何をおいてもまずは土つくりだろう。だがこの部分はあまり記憶にない。刈り取った雑草などを畑の隅に積んでおいて堆肥を作っていた光景も覚えてはいるが、スイカ栽培のためだけではなかったし、ここ以外にあったどの畑でもやっていたと思う。ミヨ子たちは納屋で牛を飼っていた時期もあるので、牛糞を使うことも当然あっただろう。

 12年前に83歳で亡くなるまで専業農家を通した二夫(つぎお。父)には自分なりの堆肥作りのノウハウがあったはずだが、残念ながら堆肥作りについて訊いたり自ら語ったりした記憶はない。

 あるいは、この時代に急速に一般的になった化学肥料を常用していたのだろうか。大きなプラスチック袋入りの――たぶん20㎏だった――「チッソ」は、納屋でよく見かけた。もちろんスイカにだけ使ったわけではない。

 ともあれ、耕運機で畑をまんべんなく「ほたり*」、その土に肥料を鋤きこむ。このあたりは、唯一耕運機を操作できる二夫が担った。畑の隅など耕運機を入れにくいところは、ミヨ子が鍬で鋤きこむこともあった。

 書いていてスイカ栽培の土についてあまりに無知なのを反省したので、インターネット上のスイカ作りについての解説を調べてみた。それらによれば、基本の肥料は堆肥(有機肥料)、土壌改良剤、石灰など。「元肥」と呼ぶ植えつけ時の肥料は少な目にし、生育状態に合わせて適宜「追肥」するのが理想らしい。

 スイカの根は酸素を好むので、土が十分に空気を含むようにする、ともある。その意味では腐葉土も肥料としていいそうだ。雑草を堆肥にして使った記憶はあながち間違いではないようだ。そして、なにより土を「ほたる」ことが重要なようだ。

 なるほど、二夫が耕運機で広い畑を何十回も往復していたわけだ。

*鹿児島弁「ほたる」=耕す、土を掘る。動物などの動作にも使う。
 例)いのしっが 山を ほたっちょったど。=猪が 山(の地面)を 掘り起こしていたよ。

《主な参考》
スイカの栽培方法・育て方のコツ | やまむファーム (ymmfarm.com)  

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