文字を持たなかった昭和 三十(一人っ子)

 母ミヨ子のストーリーから逸れているが、夫となる青年の話をもう少し続ける。

 ミヨ子の縁談相手である二夫(つぎお)は、当時では高齢と言える父母を持つ一人っ子だった。きょうだいが多く、末っ子が生まれたとき両親とも40過ぎという親子はたくさんいたが、40歳前後で初めての子どもを授かるケースは稀だっただろう。とくに父・吉太郎は40代半ば、当時の家族関係で言えば、おじいさんの年齢といってもいいぐらいだ。つまり二夫は二世代上のしつけを受けたとも言えて、その先見えない影響を家族に与えるようになるが、それは後の機会に譲る(※43)。

 「土地持ち」の家で、年が行った両親の一粒種だった二夫だが、何不自由なく育てられたわけではなかった。家計はむしろ普通の家より厳しかった。吉太郎は働き者であると同時に、倹約家だったからである。現金収入があるとすべて貯金し、貯金がまとまると土地を買う、その繰り返しで土地を買い広げてきた吉太郎だったが、それは結婚後も子供が生まれてからも続いたのだ。

 昭和初期の地方の農村、食べるものや用具は自給自足するとしても、現金でしか購入できないものもある。日々のやりくりは母・ハルの工夫に頼った。まとまったお金になる稲作や、広い畑での耕作は吉太郎が仕切り、ハルももちろんいっしょに働くが、ハルは屋敷の畑などにこまめに野菜を植えた。獲れた野菜は農作業の合間に天秤棒に担いで町へ売りに出た。二夫が歩けない頃は、天秤棒に架けた片方のカゴに野菜を、片方に小さい二夫を乗せて担いだ(※44)。そして、ハルの子供への愛情は二夫だけに注がれ続けた。

 そんな環境で二夫は、一代で財産を成した父親への畏敬と、母親への強い思慕を抱えて育った。戦後、食料増産が叫ばれ農家が注目を浴びる中、成人した二夫は両親とともに農作業に精を出す日々を送っていた(※45)。

※43 自分の備忘を兼ねて、後日書くことを明記しておきたい。
※44 ハルの奮闘ぶりは他にもエピソードがあり、いずれまとめて書くことにする。
※45 二夫はすんなり跡継ぎになったわけでもなかった。二夫のストーリーの中で書いていく。

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