文字を持たなかった昭和 百六十五(十五夜)
今日(2022年9月10日)は中秋、十五夜。
母ミヨ子が生まれ育ち、嫁いでからも暮らしていたような農村においては、季節の行事はとくに大切なものだった。作物の栽培や収穫が季節の変化と切り離せないからなのはもちろんだが、現代よりずっと重労働だった農作業が続く日常に小休止を置き、ふだんと異なる食べ物を意味をこめて用意し、家族や近隣の人びとと集うことで、その先の季節や次の年の労働へのエネルギーにしたのだから。
よく言うハレ(非日常)とケ(日常)の区別である。
旧暦で過ごす十五夜は、秋の収穫の最中だ。鹿児島ではまだ稲刈りは始まっていないが、イモ類をはじめいろいろな作物が実る季節である。
十五夜のお供えはそれほど手をかけるものではなかったが、それなりのしきたりはあった。
飾りものとしては、ススキと萩を近くの土手などから数株切り取ってきた。これらは一升瓶に活ける。花瓶がないわけではなかったが、ススキも萩も丈があり、一升瓶に挿すのがいちばん安定していた。あとで考えれば、ほかのお供えとのバランスも、一升瓶のほうがよかった。
お供えは2種類ある。ひとつは収穫したばかりの作物だ。サトイモやサツマイモなどを一升マスに盛り上げるように飾った。
もうひとつは団子である。
ミヨ子たちが暮らしていた鹿児島の農村では、団子というより餅のような形に作った。家で穫れたうるち米を挽いた米粉を水で練って、直径10センチくらいの平べったい円形に形作る。それを茹で上げるのだが、大きいので火がちゃんと通るように気をつけなければならなかった。一度浮き上がってもまだ中まで茹ってはいないため、差し水をし、もう一度浮き上がったらようやく茹で上がりの合図だった。
季節の行事食はいつも大量に作っていた。十五夜の団子も例外ではない。ひとつが大きい団子は、一度にたくさん茹でると火が通りにくいため、何回にも分けて茹でた。茹で上がったら、くっつかないよう水に取ってから、ザルなどの上に載せて冷ました。
出来上がった大きな平べったい団子の中から、できあがりのいいものを3枚選び、大きめのお皿に載せてお供えにする。十五夜のお供え団子は、いつも3枚だった。その意味は「月、星、太陽」なのだと、幼い二三四は祖母のハルから教わったように思う。できあがりのいいものを選ぶとき、ミヨ子はいつも「顔のきれいなのを*」と言っていた。
お供えのために、夕方までに縁側をきれいに片づけて拭きあげておく。そこに、これまたきれいに拭きあげた大きな箕(み)〈115〉を置き、お供え団子と一升マスに盛った作物を並べる。一升瓶のススキと萩は箕の脇に置く。これが、十五夜のお供え一式だ。
お供えのほかに、忘れてはならないものがあった。農具である。鍬や鎌などの農具をきれいに磨き上げ、お供えを載せた箕の横に並べるのだ。なぜなのかは誰も言わなかったし、子供だった二三四も尋ねはしなかったが、今年の収穫作業が無事に進んでいることを天の神様に報告し感謝するため、ということは、祖父母や両親のふだんの農作業を見ていれば自然と理解できた。
大きな団子や山盛りのイモ類が載った大きな箕と、花瓶代わりの一升瓶。そして磨き上げられた農具の数々。その年の豊作への感謝が込められた、素朴で力強い組合せだった。
ミヨ子にとって姑のハルが元気な頃は、十五夜のお供えは、ハルが中心になって段取りした。ミヨ子の主な担当は団子で、一升マスに入れる作物も、ハルにはハルなりのルールがあった。あとになって考えれば、おそらくそれぞれに謂れがあったためだと思うが、そのいちいちを受け継いだわけではないのは悔やまれる。
団子は、縁側にお供えする以外に、お仏壇や「でふっどん」と呼んでいた台所の神棚にもお供えした。この2か所は場所も限られるので、小さいお皿に団子1枚ずつだった。
お供え以外の団子は、白砂糖やきな粉をつけて食べた――気がする。記憶の中では団子の大きさの印象が強すぎて、どうやって食べたか、はっきり思い出せないのだ。あずき餡も作ったかもしれない。十五夜の夜は団子がご飯の代わりで、おかず、というか合わせる料理は煮しめが定番だったと思う。
やがて夜になり、秋の澄んだ夜空に丸い月が上る頃には、縁側も月明かりで青く照らされる。子供たちは、その様子をしげしげと眺めたあと、団子と煮しめが並ぶふだんとは違う食卓――まさにハレであるが――で神妙に食事をした。
*鹿児島弁:顔は「ツラ(面)」。ミヨ子は「ツラんよかとを上げんなねー」(顔のいいものを〈お月様に〉上げないとね)と言っていた。
〈115〉箕(み):穀物の選別や運搬に使う農具。竹皮、ふじ皮、桜皮などを編んで平らな容器状にし、周囲に竹や細木を結んでU字状の縁をつけたもの。小量の穀物を入れ、両手で軽くあおると比重の大きい穀類が残り、砕米、籾殻(皮)、塵埃などの夾雑物はU字状の縁のない部分からふるい分けられる。
《参考》 コトバンク>箕
