最近のミヨ子さん(ビデオ通話③)

 昭和中期の鹿児島の農村を舞台にして、昭和5(1930)年生まれのミヨ子さん(母)の来し方を中心に、庶民の暮らしぶりを綴っている。

 たまに、母の近況をメモ代わりに書いているが、前回に続くビデオ通話の様子を記録しておきたい。例によって義姉のスマホを通しての会話だ。

 この日も母はかわいい花柄のシャツを着ている。前回着ていたものとは違うので、気の利いた服を何枚か持っているのがわかる。ひとりでは買物に行けないから義姉の見立てだろう。本人に任せると昔の服ばかり着るらしいので、気を配ってもらってありがたい。

 この少し前、母にとっての孫一家が子供の夏休みに合わせてしばらく帰省していた。曾孫にあたる小学生と幼稚園の男の子がいる。もしかしてもう忘れたかも、と思いつつ
「ちびっこたちが来てて、賑やかだったでしょう」と話を振ってみる。
「うん、賑やかだったよ。あまり年が離れていないから、下の子がなんでもお兄ちゃんと同じようにしたがってねぇ。でも、夜は先に休ませてもらった。若い人には若い人の生活があるから」

 曾孫たちの様子をしっかり観察し覚えているのもさることながら、理路整然とした(?)受け答えにちょっと驚く。声も元気がある。よかった、まだまだしっかりしている。

 ただしきりに目をこすっている。見えにくいのだろうか。
「目がなんか変な感じ」という。そして視線を足元に落し
「脚も太くなってねぇ」ともいう。

 数年前から両脚がむくむようになっているのだ。わたしも帰省のときに、母の足首あたりが明らかに太くなっているのを何回も見ている。脚は心臓からいちばん遠い。強力な筋肉と血管で、血液を送り届け送り返しているわけだが、高齢になるとその力が弱まり、むくみやすくなるらしい。というメカニズムを説明してあげたいが、顔が見えてはいても、ビデオ通話では伝えづらい。

 もたもたしているうちに、こちらの窓の外でザァっと大きな音がした。猛暑と多湿の中で予報されていたゲリラ豪雨だ。
「雨が降ってきた。洗濯物干したままだ」と会話を中断しようとすると
「吹き込んでくるんじゃないの?* 急いで取り込みなさい」と答える。
 *の部分は、鹿児島弁の懐かしい言い方だ。いま風のきっちりした家屋ではもう使いようがないだろう。母が使うと、とっくに取り壊した実家の建屋の縁側が、鮮やかに目に浮かぶ。

 洗濯物を取り込んで、通話を続ける。
「次はいつ会えるかねぇ」とわたし。
例年過ごしやすい秋に帰省していたが、今年は父の十三回忌のため2月に帰った。この先はこちらで法事やお祝いごとが続くため、秋にもう一度、というのは難しそうだ。

「次に会うまでごはんをしっかり食べて、元気にしていてね」と言うと
「あんたも、辛抱ばっかりしてないで、ちょっとはおいしいものを食べて元気にしてないとね」
と言われた。ああ、やっぱり母親なんだなあ、と思う。

 そして最後に
「また手紙をください」と。

 手紙というか、ハガキはできるだけマメに出すようにしている。ビデオ通話とハガキの組み合わせで、週1回のペースでつながりを保てたら、というのが今のところのわたしの希望だ。以前よりかなり頻度が上がったが、いつ何があっても悔いのないように、という思いからである。内容が母の記憶に残らなくても、ハガキや手紙は書き続けようと思っている。文字を読める限りは。
「うん、また出すから読んでね」

 翌日、わたしはきれいな海の写真がついた絵はがきを投函した。デイサービスと病院以外めったに外出できないであろう母に、海を届けたかった。

*鹿児島弁「うっちゃめ」。激しい雨が家の中まで振りこむときに使っていた。古い日本家屋には縁側があるが、その周囲は雨戸だけだったから、雨が強いと縁側を越えて座敷のほうまで雨が降りこむこともあった。《参考》で解説する「内雨」のほうの使い方をしていたことになる。
《参考》
【公式】鹿児島弁ネット辞典(鹿児島弁辞典) (kagoshimaben-kentei.com)


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