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文字を持たなかった昭和 百四十六(お盆、その六)

 今日が送り盆の地方もあるようだが、母ミヨ子のふるさと鹿児島ではお盆は15日まで。1日ずれてしまっているが、お盆の習慣について続けます。

 8月14日は、ご先祖様を「囲んで」静かに過ごす。初盆のお宅には焼香のために伺うこともあったし、ふだんからつきあいの多い親戚どうしで訪問しあい、それぞれのご先祖に手を合わせることもあったが、これはどちらかというと家長である夫の二夫(つぎお)が出向いた。人付き合いの好きな二夫が、好んで出かけていたという事情もあっただろう。

 この日も料理はもちろん精進である。そして夕方になるとやはり墓地に出かけてお墓参りした。お盆の中日のこの日は、墓地で会う人たちん数も少し少ないように感じた。

 8月15日、同じように精進料理をお供えし、いただいて、夕方になるとご先祖様が極楽浄土へお帰りになるのをお送りする。と言っても、前々日や前日と同様お墓参りするだけで、とくに「送り火」のようなものを焚いた記憶はない。13日と同じようにたくさんの人が集まり、それぞれ胸の中でご先祖様をお送りした。家の中は昼間と同じような設えのままだったが、もうご先祖様はここにはいないんだな、と子供心に感じたものだった。

 初盆のお宅の提灯棚の始末は15日ではなく、16日になってから行っていたと思う。夜の作業は危ないし、解体した棚(太い枝と竹竿)やたくさんの提灯を担いで帰るには、懐中電灯をつけても林の中の道は暗すぎたのだ。

 同じように、家の中のお盆の設えも16日になってから片づけた。片づけはわりと簡単なので、燭台や香炉を仏壇に戻し、灯籠を解体してもとの箱にしまうのは二三四の仕事だった。ミヨ子は、お盆の間ご先祖様が食事に使ったお膳と食器をきれいに洗い、乾いたふきんで拭きあげて、箱にしまった。
「また来年お待ちしています」
と念じながら。

※写真は、丘の上にあった墓地から移転した先の墓地でお参りするミヨ子さん(2022年8月14日)。一族のお墓の一部はまだここにあり、ミヨ子さんが拝んでいるのは実父母やきょうだいが眠っているお墓。家のお墓は、いったんこの墓地に移転したあと、20年ほど前に菩提寺の納骨堂へ移した。

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