ミヨ子さん語録「ひえ」
昭和中期の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子(母)の来し方を中心に、庶民の暮らしぶりを綴っている。
本項ではミヨ子のほぼ口癖だった「ひえ」について。
例えば、子供たちが外でちょっとした切り傷を作って帰宅すると、ミヨ子が必ず「ゆ 洗わんと ひえが 入(い)っど」(よく洗わないと、黴菌が入るよ)と言ったものだった。
「んだ。ひえが 入ったっじゃらせんか」(おやおや。黴菌が入ってしまったんじゃないの?)
「ひえが 入らんごっ」(黴菌が入らないように)
などなど、「ひえ」という単語は日常とともにあった。
大地を相手にし、鍬や鎌など刃物を扱う農業という生業にあっては、かすり傷、切り傷は日常茶飯で、「ひえ」は身近な大敵だったのだと思う。
そんなわけで、「ひえ」とは化膿や炎症など、傷口から菌が入ることで悪化する現象だと理解していたのだが、「ひえ」=冷え=体力の低下が懸念される体の不調も意味するのでは、と思ったのはつい最近のことだ。体の冷えは免疫力の低下に直結する、健康上の一大事だから。
漢方医学が日常生活に浸透し活用されている中華圏でも、冷えは大敵とされている。ひとくちに風邪と言っても、漢方では原因によって分類される(らしい)が、原因が《着涼》つまり体が冷えたことによる場合、そのための療法がある。日常でも、髪を洗うのは一日でも気温が下がっていく夜は避けるべきとされる。開いた毛穴から冷気が入りこむからだそうだ。
そう言えばわたしも、「生理のときは髪を洗うものではない。ひえが入るから」と母親から諭された。部活に汗する中学生だった娘は「いつの時代よ?」と聞く耳を持たなかったが、成人した頃から婦人科系の不調で長年悩まされた。
そう思って「ひえ」をネットの鹿児島弁辞典で調べてみたら、「傷口からの化膿(かのう)」の意味とし、「削り取る」という意味の古語「ひう」の転義、転訛とある。そうだったのか、と「古語 ひう」「動詞 ひう」を検索してもまったくヒットしない。なんでかな???
個人的には「ひえ=冷え」のほうが得心がいくのだが。
