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つぶやき 島のひとり暮らし

 このところ、帰省のついでに立ち寄った屋久島でのあれこれをいくつか書いた。今回屋久島在住の叔母のお世話になったことも触れた。

 この叔母は、ここnoteのミヨ子さん(母)のストーリーに時々登場してきた、ミヨ子さんのいちばん下のすみちゃんである。20歳年が違うから今年(2024年)で74歳、ぎりぎり前期高齢者だ。

 22歳で屋久島にお嫁に来てからずいぶんと苦労した。ここで「ようだ」とか「らしい」と書かないのは、子供だったわたしでさえすみちゃんの苦労話をオンタイムで知っていたからだ。

 そのすみちゃんも、数年前に旦那さんを亡くしてからはひとり暮らしを謳歌――と言っていいと思う――している。ずっと苦労続きだったから、ひとりでゆったりと島時間を過ごせるのは傍目からも幸せなことだと、姪として心から祝福している。

 すみちゃんの趣味は家庭菜園と磯遊びだ。磯へ行く目的はトコブシや貝を獲ることで、実利を兼ねる。以前は釣りもしていたようだが、体調を崩し自転車に乗らなくなってからはやめたらしい。車の免許はもともと持っていない。

 集落の外れにあるすみちゃんの菜園にも連れて行ってもらった。そう広くない畑には、ニンニクや、小松菜などの葉物が植えられていた。すみちゃんは種を蒔くところから始めるらしいが、芽が出るとカタツムリが食べてしまうことが多いという。とくに今年は、暑さのせいか芽が出ても育たない野菜が多かったとこぼしていた。

 ちなみに屋久島の農業では、サルとシカの両方を予防しなければならない。サルだけならネットで囲うぐらいでよかったらしいが(それとても大変な手間だ)、近年はシカによる被害が増えている。ネットを張っていてもネットの網目のひとつを食い破り、それによって網の目四個分の大きな穴を作って中に入ってくるのだという。
「網の目の線の部分を噛み切っても大きな穴にはならないけど、結び目をひとつなくすと穴が大きくなるもんねぇ。シカは頭がいいよ」

「案内してもいいけど、いまはろくに育ってないから」
と言っていた畑はたしかに地味な印象だったのだが、対照的なのは自宅の裏庭だった。

 すみちゃん家(ち)の裏の畑には、タンカンやサワーポメロなどの柑橘の木のほかに、ドラゴンフルーツが生えているのだ。

 柑橘類の実はまだ青かったが、ドラゴンフルーツはちょうど盛りなのか実を着ける期間が長いのか、いくつもの実が、それぞれの成熟過程の途中にあった。ドラゴンフルーツには実が白いのと赤いのがある。そのどちらもあって、実が白いほうはオレンジ色に近い果皮を、赤いほうは赤紫の果皮を、島の太陽の光にさらしていた。

 ドラゴンフルーツはどう成っているのかを、わたしは想像したことがなかった。ドラゴンフルーツ自体は多肉植物で、大型のサボテン状の葉の先に花が咲き、実をつける、と言えばいいだろうか。花は月下美人のように夜しか咲かず、同じようにいい香りがするらしい。

 ただ花が咲くのに任せていても大きな実は成らないようで、長く垂れさがる葉を適宜切って、葉によぶんな栄養がいかないようにするのだという。すみちゃんが育てるドラゴンフルーツはまるまると大きかった。

 そんなこんなを見せてもらい、すみちゃんがゆったりと島でのひとり暮らしを楽しんでいる様子が窺えて、わたしまで楽しくなった。島の生活はもちろん大変なことも多い。訪れた時期も台風の関係で本土とを結ぶ船の便は全便運休だった。フェリーが何回か来ないと、生鮮食品はたちまち底を突く。何軒か覗いたスーパーでは、卵がほぼ欠品していた。

 それでもすみちゃんは、自然に囲まれた島の暮らしが好きだと言う。お嫁に来てしばらくは、どうにかして早く「陸(おか)に上がりたい」と願い続けていたそうだが、釣りをしたりするうちに、島の暮らしが好きになったという。遠くに住む子供たちの意向、何より本人の気持ちもあるとは思うが、このままできるだけ長く島で暮らせるようにしてほしい、とわたしは思う。

 あ、ひとり暮らしではなかった。2年ほど前に引き取った保護猫のららとふたりだった。

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