一本の電話が教えてくれた、親の絶望と祈り
あの日、青空の下で鳴った一本の電話。
受話器の向こうから聞こえてきたのは、切羽詰まった声と、抑えきれない嗚咽だった。
「助けてください──」
その一言には、
子どもを守りたいのに守れない、
親としての絶望と祈りが詰まっていた。
私はただ、耳を傾けることしかできなかった。
それでも、あのとき交わした言葉は、今も胸の奥で響き続けている。
あの母娘は、その後どうなったのだろう。
そして、あのときの私は、本当に正しい選択ができたのだろうか──。
あの日の空は、やけに青かった。
窓から差し込む陽射しが、机の上の書類を白く照らす。
その静けさを破ったのが、一本の電話だった。
受話器を耳に当てた瞬間、空気が一変する。
「助けてください!!」
叫ぶような声。押し殺せない嗚咽。
息を継ぐ間もなく溢れ出す涙の音。
その声は、魂ごと揺さぶるほど切実だった。
⸻
しばらく沈黙が続いた。
相手は、おそらく30代後半の女性。
深呼吸を促す。
少しずつ、言葉がこぼれはじめた。
「中学生の娘が…友達とのトラブルで、1年前から不登校なんです。
私はシングルマザーで仕事をしていて、日中は祖父母が見ています。
でも、数か月前から──自分の腕を切ったり、市販薬を大量に飲んだり…。
祖父母の言葉も、もう届きません。
学校に相談しても、『精神科に行ってください』としか言われなくて…。
私、もう…どうしたらいいのかわからないんです」
⸻
胸の奥が、きしむ音がした。
親として、その痛みは、想像なんていらないほどよくわかる。
精神科という高い壁を越えてまで、ここまで辿り着いた勇気。
その勇気の重さが、受話器越しにも伝わってくる。
「わかります…」
本当は、抱きしめてそう言いたかった。
私の子も、不登校ぎみだ。
自傷という行為でしか心を保てない苦しみを、私は知っている。
それが我が子なら…なおさらだ。
泣きながら眠った夜が、私にもあった。
でも、それを言葉にすれば、ただの“同情”になる。
感情を胸の奥に押し込み、平静を装った。
中立でいなければ──そう自分に言い聞かせながら。
⸻
「何とかできないか」
そればかりが頭の中を巡る。
でも、私の病院には思春期外来も、若者向けのプログラムもない。
近くの病院を紹介しても、予約は一年待ち。
この町には精神科が少なく、支援の選択肢も限られている。
「祖父母の目を盗んで、薬を飲んだり、腕を切ったりするんです。
お願いです、受診させてもらえませんか」
お母さんの声は震えていて、必死で、切なくて。
でも──薬の管理ができない状況での処方は、危険すぎる。
何か…。この親子にとってのいい方法はないのだろうか。
と必死に探しても、出口は見つからない。
⸻
私は、できる限りの言葉を探した。
「お母さんのご心配、痛いほどわかります。
そして、一番つらいのは、きっとご本人ですよね。
私たち病院ができることは、薬による症状の改善です。
でも、薬の管理が難しい今の状態では、処方はできません。
それよりも…日中に誰かと関われる場や、思春期外来を探したり。
学校や福祉機関を巻き込んで、みんなで支えることが大切だと思います。
それがきっと一番本人のためになるような気がします。」
「そうですね…」
受話器の向こうで、お母さんが泣いていた。
私も、こっそり泣いていた。
何もできない自分が情けなかった。
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
せめて…知っている限りの、医療機関や支援先の情報を伝えた。
それが、今の私にできる精いっぱいだった。
⸻
最後に、祈るような気持ちで言った。
「少しでも早く、穏やかに過ごせる時間が訪れたらいいなと、願っています。
何かあれば、いつでもご連絡ください。」
これが正しかったのか、今でもわからない。
あの中学生は、その後ちゃんと医療や支援につながれただろうか──。
考えるたび、胸の奥で小さな痛みが再び疼く。
それでも、別れ際にお母さんが泣きながら言った。
「本当に、本当に、ありがとうございました」
その言葉だけは、嘘ではなかったと信じている。
それが、あの日の私を、わずかでも救ってくれた。
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