大きな海老フライを食べた時のこと
たしか、小学校の高学年だった時の話。
ある夏の日の事。その日は土曜日で父は社員旅行かなにかで夜、家にいなかった。陽が傾こうとしている頃、母は私達兄弟に言った。
「今日の晩ご飯は外食しよう」
昭和の頃のこと、今のようにファミレスなどほとんどなかった時代だ。外食はたまには連れて行ってもらっていたけれど、それはものすごく心躍る事だった。出前を取って食事をする事はあったけれど、外に出掛けて食事をするという事は子供の私にとっては、すごく特別な事だと思っていた。
タクシーを呼び、着いた先はこじんまりした洋食屋さんだった。中はとても高級そうな感じに見えた。こんな所で食事をするのは初めてだったので、席に着いてもちょっと緊張した。
店員さんがメニューとお水を持って来てくれた。お水は脚の付いたオシャレなグラスに入れられていて、いつもの焼肉屋さん(すごくおいしいお店ではある)のように「キリンビール」などと書いてあるコップとは違うなぁと子供ながらに思った。
母はメニューを見ながら「海老フライでいい?」と言った。私達はうなずくと、母は海老フライを3人分注文した。しばらくすると、サラダやスープが運ばれてきてそれらを食べながら待っていると、お待ちかねの海老フライとパンかライスかは覚えていないけれど運ばれてきた。
海老フライは頭が付いている大きな物で、それが2匹お皿に乗っている。
家では食べられない、大きな海老フライ。それが2匹も!その見た目はご馳走感がたっぷりで、私も弟も張り切って食べた。その海老フライに添えられていたのがタルタルソースだったのか、普通のソースだったのか、はたまたデミグラスソースだったのかはもう覚えてはいないけれど、その海老フライはとてもおいしかったという事だけは覚えている。
大きな海老フライを食べたのも初めてだったし、あんなオシャレなお店で食事をしたのも初めてだったし、父抜きで夜に外食したのも初めてだったかもしれない。とにかく、その日の外食は私の記憶に未だに残るものとなっている。
あの日、なぜあのお店で食事をしたのかは分からない。
おそらく、父もいないしご飯の支度をするのが面倒だったからだとは思う。外食なら、近くにも色々なお店もある。それに、電話をすればいろいろな物の出前だってできる。それなのに、あの日はわざわざタクシーに乗って食事に行った。もっとも、タクシーに乗ったのは、母が運転免許を持っていないからだけど。
大人になった今思うのは、「旦那は社員旅行で美味しい物を食べるから、ご飯作るの面倒だし外食しよう。それもちょっといい物を!」という事なのだろうか。それに、その頃の私達は1人前の食事を食べ切れるようになっていたし、お利口さんに外食もできるようにもなっていた。
私にも経験があるけど、子供が大きくなってお利口にしていられるようになった頃から、ランチなどもちょっといいお店で食べるようになっていたからだ。だから、母も私達を連れてプチ贅沢をしてみたかったのだろうと思う。
この記事はいつものようにタイトルだけ入れていた。いつか書こうと思ってはいたし、他に書かなければいけない記事もあったのだけど、この記事を先に書こうと思い立ってしまった。最近、母に対してちょっとおセンチな気持ちになってしまったので、書いてみた。
あの海老フライを食べたお店も今はもう無い。母と外食をする事ももう無いのだと思う。だけど、あの日の事はずっと忘れないと思う。海老フライも、あの日食べた物が一番おいしかったと思っている。もちろん、思い出バイアスが掛かっている事は百も承知だ。
本当は、今日は投稿するのをやめておこうと思っていたけれど、投稿する事にした。書いたばかりで、読み直していないので文章のおかしい所もあると思うけれど大目に見て頂ければと思う。
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