〔ショートショート〕一目あなたに…
私の座るデスクからは外がよく見える。
私が仕事をしているのは、ショールーム。外がよく見えるのは当然だ。来店されたお客様をご案内するのが私の仕事なのだから。
その日は朝から雨が降っていた。かなり強い雨で、昼間でもなんだか外は暗い。こんな日はお客様はあまり来ない。こういう時に、本来の業務である事務仕事を進めておかなくては。しかし、私は雨の日は調子が上がらないのだ。やらなくてはいけない事があるのに、ぼんやりしてしまう。
仕事をしつつ外を眺める。そこへ入って来る1台の車。
こちらに近づいてくる2つの人影を見てはっとする。少し身構える。息を大きく吸って言葉を出す。
「いらっしゃいませ。」
少し声は震えていたかもしれない。なぜなら、目の前にいるその人は別れた彼だったから。彼も驚いた顔をしていた。向こうもまさかここで私に会うなんて思いもしなかっただろう。
彼と同業他社に転職した私。いつかバッタリ会わないだろうかと思っていた事が起こってしまった。
いつまでも動けない私に変わって、同僚の子が対応してくれた。
彼らの用件は、名義を変える為の書類が欲しいとの事だった。普通、そういった用件は郵送で済ます。けれど、彼はここにやって来た。今は私の目の前にいる。
胸がどきどきして苦しい。目が離せない。どうにかなりそうだ。
今すぐ駆け寄って話したい。でも、体が動かない。
自分だけ時間が止まってしまったみたいだ。
彼は私の気持ちが重いと言った。君の気持ちには答えられないと言った。俺よりもっといい男を探しなよ、とも。
あなた以上の人なんている訳がない。どうして、そんな事を言うの?
そんな言葉を飲み込んで、分かったとしか言えなかった。
あれから数か月が過ぎて、今私はこの場所で彼に会った。
どう?私、あの頃よりキレイになった?私を振ってしまって後悔してる?新しい彼女はできた?
聞いてみたかったけれど、やっぱり私の体は動かないままだ。
彼の視線を感じるけれど、やっぱり私の顔はこわばったままだ。
彼らの用件は終わったみたいだ。書類は後日こちらから郵送するらしい。彼らは背を向けて外に出る。
「ありがとうございました。」
声を出すけれど、うまく言えていただろうか。
追いかけるなら、今だ。今しかない。
でも、やっぱり私の体は動かない。
帰っていく彼らの乗った車を見ながら、ちょっと目をこすった。
ただならぬ私の様子に、同僚の子が心配して声を掛けてきた。
「どうしたの?顔色悪いけど、大丈夫?」
「うん、ありがとう。大丈夫です。」
返事をしたけれど、本当は大丈夫じゃない。
もし、会ったら言いたい事があったのに。何も言えなかった。
一目でいいから会いたかった。ずっと、あなたに会いたかった。でも、それはここじゃない所が良かった。やっぱり思い通りにはならないと思った。
彼と付き合っていた時も思い通りに行かない事ばかり。それなのに、一目会いたいと願った事でさえもこの通りだ。
もし、会ったら言いたい事があった。
けれど、もういい。もう言葉には出さない。
あなたの望み通り、あなたよりもいい男を惚れさせてやる。
また少し目をこすって、外を眺める。
雨はまだ降っている。
私の飲み込んだ言葉も、思いもみんなみんな雨に流されてしまえばいい。
雨はまだ降っている。強い雨が降っている。
明日は晴れるだろうか。
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