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やさしいひと【改訂版】


⭐以前投稿した物を加筆修正しました⭐




 あれから長い月日が経った今でも時々考えてしまう。あの頃の私はファンタジーの世界に迷い込んでしまっていたのかもしれないと。

* * *

 始まりは、お盆を過ぎた頃の暑い暑い日の事だ。休みの前日、私は同僚のあみさんから声を掛けられた。

 「ゆうちゃん。急で悪いんだけど、明日ヒマ?私の代わりにテニスに行ってきてくれないかな?明日ちょっと急用が入っちゃったんだよね」

 あみさんは、明日はお客さんを交えてテニスに行く約束をしたけど、急用で行けなくなったと言った。でも、穴を開ける訳にはいかないので他の人も当たってみたけど、急すぎて誰も予定が合わないようだった。それで私に白羽の矢が立ったらしい。

 「別に行ってもいいですよ。私も明日はヒマですから」

 明日の予定は何もなかったから、断る理由なんてなかった。ちょうど、テニスのラケットもシューズも新しい物を買ったばかりだったので使ってみたい気持ちもあった。ただ、知らない人との集まりにいきなり行くのはかなり不安も大きかった。

* * *

 約束の場所に行くと、そこには彼と彼の友達、同じ位の年の女の子が一人いた。その時、私はこれは一種の合コンなのだと思った。

 「遅くなってすみません。今日はよろしくお願いします」
 「ああ、固い挨拶なんてなしなし!今日はよろしくね」

 彼は緊張している私を気遣う様に、場の雰囲気を盛り上げてくれた。お互い軽い自己紹介をして目的地に向かって出発した。彼ともう一人の女の子、彼の友達と私の二組に別れて出発だ。

 行き先は、1時間ほど離れた場所にある大きな運動公園のテニスコートだ。そこは初めて行く場所なので、どんな所か楽しみだった。だけど、知らない人と二人で車に乗っているのも何だか気まずい。彼の友達は気を使ってあれこれ話し掛けてくれるので、多少は気まずさはほぐれてきたけど、早く着かないかなぁという気持ちの方が大きかった。

 テニスコートに着くと、クラブハウスで着替えをした。もう一人の女の子は、気さくな感じで人見知りな私でも楽しく話ができた。そして、彼とは初対面なのにとても楽しく話ができた。早速、二組に別れて試合みたいな事をした。

 久しぶりのテニスはとても楽しかった。打って走って、しゃべって笑って。どちらが勝っても負けても、そんな事はどうでもいいやと思いながらも、ついムキになってボールを追いかける。真夏の太陽はギラギラと私達に照り付けるけれど、そんな日差しもかいた汗も、日焼けだって気にならなかった。

 クラブハウスで昼食を取り、午後からもしばらくテニスを楽しんだ。よく動いて汗も一杯かいたので、シャワーを浴びてから着替えた。いい汗をかいたなぁと思いながら、冷たい飲み物をグイっと飲んだ。

* * *

 今度は二組に別れて、その場で現地解散になった。彼ともう一人の女の子に別れを告げた私達。彼の友達は、ドライブに誘ってくれた。これまた断る理由などないので、ドライブに連れて行ってもらう事にした。午後の気だるい空気の中、海に向かって走って行く。数時間一緒にいたので、そんなに気まずく思う事もなく時間が過ぎていった。

 海をしばらく眺めた後、帰る事にした。途中、彼の友達は夕食をご馳走してくれた。そこは、私が好きなお店だったので、おいしく食事する事ができた。食事しながらだと、話だってちょっとは楽しくできた気がした。

 待ち合わせ場所に着いた時、私は今日のお礼を言った。彼の友達からは連絡先を聞かれる事もなく、手を振って別れた。「これで、あみさんへの義理は果たしたし」と肩の荷が降りた気持ちで私はのんびりと家まで車を走らせた。

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 あの日から1週間ほどが経った頃、会社に電話が入った。彼からだった。彼は私に次の休みにテニスに行こうと誘ってくれた。「え?なぜ私?」と思いはしたけど、これも断る理由がなかったのでテニスに行く事にした。ただ、彼は土日休みの仕事をしているのに、私のためにわざわざ休みを取ってくれたのだろうか。

 彼は、私の家の近くの待ち合わせ場所にピカピカの新車で来てくれた。一度乗ってみたかったその車は、まだ新車の匂いがして、とてもカッコよく乗り心地だって最高に良かった。この前と違い、今日は何だかとても楽しい。この前と同じ道を走っていても、あっという間に着いた気がする。どうせなら、もう少し時間が掛かってもいいくらいだった。

 今日は二人だから、テニスものんびりだ。休み休みボールを打ち、あとはずっとしゃべっていた。彼はとても楽しい人だ。彼といると、ずっと笑っていられる。私は、前の恋でとても傷ついていたので彼と話していると、心からホッとできるし楽しいなと思った。

 テニスの後はドライブに行き、食事をして帰った。今度は、待ち合わせ場所ではなく家まで送ってもらった。朝から晩まで一緒にいたけど、まったく気まずい思いもせずに、とても楽しかった。また、二人で遊びに行きたいなと思っていたら、連絡先を聞かれたので迷わずに教えた。

* * *

 彼とはそれからも、たびたび出掛けた。テニスも行ったし、遠くへのドライブにも連れて行ってくれた。夜景にだって連れて行ってくれた。出掛けるたびに、楽しい思い出がたくさんできた。

 疲れてしまって、つい助手席で寝てしまう事もあった。だけど、彼はそんな時でも一切手を出す事もなく、きっちり私を家まで送り届けてくれた。私と彼の関係って何なんだろう?彼は私の事を好きじゃないのかな?私って魅力ないのかな?そんな事を考えながら、私達の曖昧な関係の事を思った。

 私から彼に連絡を取る事はほとんどなかった。だけど、私が落ち込んでいる時には必ずと言っていいほど連絡があった。そして、そんな私をどこかに連れ出してくれる。どうして私が落ち込んでいるって分かるのだろう。とても不思議だった。

 彼は、私の話をじっくり聞いてくれた。すらすら話せなくて、途切れ途切れの私の話を口を挟む事無く、ずっと聞いてくれた。泣きそうになった時には、大きな手で私の背中をそっとさすってくれた。その手は、とても温かくて、優しくて、心強かった。

 だけど、心のどこかではそれ以上の事をしてくれない彼の事が不思議でたまらなかった。とても紳士的で優しい人。だけど、この曖昧な関係がもどかしかった。私達っていったい何なのだろうか。彼は、私の事を友達としか思っていないのだろうか。私は自分からは聞く事ができずに、もやもやとした気持ちを抱えながらも彼と会っていた。

 そんな彼との関係だったけど、そう長くは続かなかった。その年の年末に、私に彼ができたからだ。彼ではない、別の人と。彼にはなんて言おうかなと思っていた。だけど新しい年になった時、もう彼から私に連絡が来ることは二度となかった。

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 彼はとても優しい人だ。あんなに優しい人には、今まででもそう会った事はない。今も元気でいるのだろうか。誰か優しい人の隣で笑っているのだろうか。

 彼とは、曖昧な関係のままで良かったのかもしれないと今なら思える。私は彼と付き合っていたら、きっと優しさをたくさん受け取るばかりで、さらに優しさを求めてしまう嫌な女になっていたかもしれなかったから。彼には優しさをもらってばかりで、私からは何も返せなかったのが心残りだ。

 暑い夏に始まって、寒い冬に途切れてしまった短かった私達の関係。いったい何だったんだろう。長い月日が経った今でもよく分からない。本当に彼はこの世の人だったんだろうか。実在する人物だったのだろうか。そんな事さえも考える。

 あの頃、前の恋で傷ついて仕事の忙しさも重なり、情緒不安定でちょっと病んでいたのであろう私のために、神様が贈ってくれた束の間のギフトだったのかもしれない。現実とファンタジーの世界の境目を、私は生きていたのかもしれなかったと今なら思う。だけど、彼と過ごした短いけれど楽しかった思い出は、現実のものだと思っている。





💛このお話から詠んだ短歌です💛

君は誰?
やさしさ傷を癒やしゆく
夢か現か神のみぞ知る


今日も最後まで読んで下さってありがとうございます♪



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