16歳で読んだ“20代でしておきたい17のこと”
“このひとはなんか信頼できる気がする”
目に見えない、けどわりと確かなこの予感は一体どこからやってくるのだろう。
距離感かな、接近系のひとは苦手。
こちらは引いて、あちらは寄って、
これを繰り返して
部屋を360度回転したことがあるけれど
あの展開から安心感が生まれることなんて
ない。
おまけにラウドボイスだったとしたら
もう身体中のあらゆる膜が堅牢に閉ざし、
心は無限の彼方へ飛んでゆく。
本はうるさくないからいい。
お相手から至近距離に
入ってくることはない。
本との物理的距離は
こちらに委ねられている。
文章だけで
このひとはなんか信頼できる気がする、と
抵抗なく、するんと心に入ってくるひとが
稀にいる。
10代の多感な時期は、もっと鋭敏に
それを感じ取っていた気がする。
こ゚縁とは不思議なもので
心に残った本の作者とは
探さなくとも何度も巡り合う。
大人になってから自分の価値観に
クリティカルヒットをかましてきたひとが
偶然にも、昔読んで感銘をうけた本の
作者だったりする。
一緒に過ごしてきたわけではないのに
というか、直接会ったこともないのに
距離を超えて、名前のつく関係性を超えて
必然のようにやってくる。
出会うべくして出会っていると思うと
感動するし、
希望と感謝でいっぱいになる。
16歳の頃
【20代にしておきたい17のこと】
を読んだ。
4年も猶予があるのにこの本を手に取ったのは、人生を自分の力で良いものにしなければ、と得体のしれない何かに焦っていたから。
全部のページに
蛍光ペンで印をつけた気がする。
気がするというのは
この本、最終的に親が勝手に捨てたのだ。
ボロボロになるまで読みこんだこの本を
断捨離といって無許可に身勝手に
捨てられたせいで手元にない、
そのため今確かめることができない。
反抗期で周りの大人にすぐに見切りをつけていた当時、ここに書いてあったことは不思議と素直に受け入れることができた。
するんと、抵抗なく。
読むといいと書かれてた本は全部読んだし
積極的にひとと関わってメンターをみつけたのも、
旅にお金をかけるようになったのも、
身が持たぬほどの情熱で恋愛したのも、
失敗のすべてを喜んで受け入れたのも、
一流に触れるべくあらゆる場所に足を運んだのも、
この本で
このひとの言うことはなんか信じられると
思わせてくれたことがきっかけだと思う。
17つのしておきたいことの中で
長らく達成できず
最後まで残ってしまったものが1つある。
それは
“親と和解すること”だった。
身近なひとに言われていたら
何も知らないくせに!と突っ放して
耳を傾けなかったと思う。
作者の本田健さんの言葉だったからこそ
距離があったからこそ
16歳のわたしの心に届いた。
けど、ずっとできなかった。
読み返す度に止まってしまう
“どんな親でも和解した方が良い、でないとわだかまりが残る”と書かれたページ。
頭で分かっても、焦っても、
できなかった、ずっと。
大学生の時の日記に
「頭で分かってもどうしてもできない。許した方がいいってわかる気がするけど、心がついてこない。今すぐはできない。時間が必要。」
って紙がしわしわボコボコして、インクが滲んで書かれているページがある。
はい、ハグ案件。
だけど、
ふわっと許せた日は突然きたのだった。
親の完璧でない姿は
わたしに完璧でなくていいのだと
等身大で教えてくれていたのだと気づき、
親の大嫌いだった自由奔放さを
わたしはクローン並みに受け継いでいることに気づき
親もわたしと同じで
役割ではなく
自分自身を好きに生きるべき尊いいのち
だということに気づき
それらすべてを愛おしいと思えた日は
ほんと唐突にきた。
いつか和解した方がいい
という言葉が頭になければ
この日は来なかったかもしれないし
ずっと先だったと思う。
世の中には想像の範疇を超える信じられない親がいるのも事実。
実の親が我が子に性的虐待をしてたとかいうニュースをみると
本当に意味がわからないし
悲しいし苦しいし
そんな親なら子は
許せない!ってなるだろうし
許した方がいいよ和解した方がいいよ
なんて第三者は言い難いし、
許さなくてもいいって思う。
親だからといって、許さなければならないものでもないと思う。
この記事を、読んでくれた誰かが
仮に親と和解をしていなかったとしても
わたしはあなたを尊重するし
ぎゅってしたいし
自分でも見失うほど深いところにある傷を
なかったことにしようとしなくていいし
全ての選択が許されているから
大丈夫だと言いたい。
ただ、全ての選択が許されている中で
色んなひとの選択を知り、
信頼できるなぁってひとの言葉を
お守りのように持っておくのは
わたしにとっての大切なこと。
そのお守りは
最適なタイミングで
じぶんにとっての最適な解に
到達することを助け
じぶんのすべてを全肯定する
力添えになるはずだから。
わたしは本田健さんに
心から感謝している。
出会ってなければ
大事な本を勝手に捨てた親に
幻滅して暴言を吐いていたかもしれない。
「え!捨てちゃったの!?
えええ〜(笑)(笑)(笑)
まあいいわ〜また買えばいいし〜」
て呆れつつも、流せる自分があるのは
おかげさまである。
いつか感謝を伝えたいと思っていた最中
検索していないのに
本田健さんのNoteが勝手にでてきた。
こ゚縁って、不思議。
この記事が本人に届く可能性があると思うと夢があります。
出会いに感謝です。
本当にありがとうございます。
