毒舌だからではない。ラーメンハゲ・芹沢達也が尊敬される本当の理由
神保町にある『冷やし中華発祥』の店の一つとされる「揚子江菜館」へ行ってきました。
注文したのは、1933年ごろに考案されたとされる「五色涼拌麺」。
お値段は1,680円です。
錦糸卵、チャーシュー、きゅうりなどの具材が、富士山を模したように高く盛り付けられています。見た目は華やかで、甘酸っぱいタレも含めて、私たちが思い浮かべる「冷やし中華」の原型を感じさせます。
普通においしいです。
ただし、一杯の冷やし中華として「1,680円以上の感動があったか」と聞かれれば、正直、そこまではありません。
まずいわけではなく、きちんとおいしい。
しかし、味だけで1,680円を納得させるほど、圧倒的な何かがあったかといえば、そうではなく。
では、私は何に1,680円を払ったのでしょうか?
冷やし中華そのものだけではありません。
「冷やし中華発祥の店で、元祖とされる一杯を食べた」という物語です。
そのとき思い出したのが、『ラーメン発見伝』に登場するラーメンハゲこと芹沢達也の言葉でした。
客はラーメンを食ってるんじゃない。情報を食ってるんだ。
まったく、その通りでした。
私は冷やし中華を食べに行ったつもりで、冷やし中華の歴史を食べてきたのです。
「情報を食っている」は
客への悪口ではない
「客は情報を食っている」という言葉だけを切り取ると、客を馬鹿にした発言にも聞こえますが、芹沢さんが言っているのは、それほど単純なことではありません。
人間は、舌だけで味を判断しているわけではない。
有名な料理人が作ったと聞けば期待します。行列ができていれば、きっと旨いと思います。希少な食材だと説明されれば、ありがたく感じます。
「創業100年」「元祖」「一日限定10食」「ここでしか食べられない」
そうした情報は、実際に私たちの体験を変えます。
料理を食べるとき、人は味だけでなく、価格、評判、店の雰囲気、作り手の物語まで一緒に食べています。
これは客が愚かだからではありません。
そもそも、人間の価値判断がそういうものなのです。
芹沢さんは客を軽蔑しているのではなく、客を過度に美化していません。
「本当に旨いものを作れば、いつか客は分かってくれる」
そんな職人側にとって都合のよい幻想を、容赦なく壊しているのです。
「旨い商品」と
「売れる商品」は違う
芹沢さんは、ラーメンを単なる料理として見ていません。
少なくとも、四つの異なる視点から見ています。
料理として旨いか
客が旨いと感じるか
商品として価値が伝わるか
店として利益を出し、続けられるか
この四つは、似ているようで別の問題です。
料理として完成度が高くても、客にその違いが伝わるとは限りません。
客が旨いと感じても、原価や手間がかかりすぎていれば店は続きません。
強いこだわりがあっても、それが客に理解できる言葉で示されなければ、選ばれる理由にはなりません。
多くの料理漫画は、「本当に旨いものを作れば客は分かってくれる」で終わります。
しかし、芹沢さんはそこから先を見ています。
正しい商品だからといって、売れるとは限らない。
売れた商品だからといって、本当に優れているとも限らない。
この不都合な現実を、彼は誰より理解しています。
そして芹沢さん自身も、
市場に敗れている
芹沢さんに深みがあるのは、最初から冷笑的な商売人だったわけではないことです。
彼自身、本当に旨いラーメンを作ろうとして、味にこだわり抜いていますが、その繊細な旨さは、客に十分伝わりませんでした。
だから、客にも分かりやすい強い味や情報を加え、(やけくそで)商品として成立させました。
つまり、芹沢さんの現実主義は、外野から安全に石を投げる評論家の理屈ではありません。
自分の理想が、そのままでは市場に通用しなかった。
その挫折から生まれた現実主義です。
だからこそ、「旨いだけでは売れない」という言葉に重みがあります。
彼は理想を知らないから、現実を語っているのではありません。
誰よりも理想を追いかけ、理想だけでは店を守れなかったことを知っているから、現実を語っているのです。
他人に厳しいが
自分にも厳しい
芹沢さんは、とにかく口が悪い。
相手の甘さ、勘違い、実力不足を容赦なく指摘します。
努力していること自体を、評価の対象にはしてくれません。
しかし、その判断基準は比較的一貫しています。
実際に何を作ったのか
客にどのように評価されたのか
店を持続させられるのか
失敗から何を学んだのか
次に何を変えるのか
肩書や熱意ではなく、結果と行動で判断します。
そして、その厳しさは他人だけに向けられているわけではありません。
自分の失敗も、自分の商品の限界も、客に迎合した事実も、本当は分かっています。
プライドは高い。それでも、事実から逃げない。
芹沢さんが尊敬される理由は、この知的な誠実さにあるのだと思います。
情報だけを
売ればよいわけでもない
ただし、「人は情報を食べている」からといって、中身がなくても物語さえ作ればよいわけではありません。
情報によって、一度は店に来てもらえるかもしれませんが、料理そのものに最低限の価値がなければ、二度目はありません。(ラーメン発見伝シリーズでは、そうでもないですが)
反対に、どれほど旨くても、その価値が客に伝わらなければ、最初の一度さえ来てもらえません。
つまり、商品には二つの価値が必要です。
一つは、実際に食べ、使い、体験することで得られる価値。
もう一つは、その価値を理解し、選んでもらうための情報です。
中身だけでも売れない。情報だけでも続かない。
この厄介な両方を直視しているのが、芹沢達也という人物なのです。
芹沢さんは
最高の経営コンサルタント
芹沢さんは、単なる毒舌キャラクターではありません。
実際には、非常に優秀な経営コンサルタントです。
相手の作りたいものを、そのまま肯定しません。
客は誰なのか
その客は何に困っているのか
なぜ、その店を選ぶのか
価値は伝わっているのか
利益を出して継続できるのか
料理人のこだわりと、客が求めるもののズレを見つけ、商品、価格、見せ方、店舗運営まで含めて考えます。そして、本気で考え、失敗を引き受けようとする人間には手を差し伸べます。
ただし、安易に答えは与えません。
本人に考えさせ、選ばせ、結果を引き受けさせます。
表面的には嫌な敵役ですが、実際には作中でもっとも現実的で、もっとも優秀なメンターです。
優しい言葉で慰めるのではなく、相手が次に勝てるように現実を突きつける。
厳しいのですが、かなり誠実です。
この話は、ラーメン店だけではない
芹沢さんの考え方は、ラーメン店に限った話ではありません。
医療サービスでも、新規事業でも、コンサルティングでも同じです。
提供する側は、自分たちの技術や品質が高ければ、相手はその価値を理解してくれると思いがちですが、客はそこまでこちらの話を聞いてくれません。
何が違うのか。
誰のどんな問題を解決するのか。
導入すると何が変わるのか。
なぜ今、それを選ぶ必要があるのか。
それが伝わらなければ、存在していないのと同じです。
一方で、「生成AI」「DX」「最先端」「エビデンス」といった言葉を並べただけで、中身が伴っていないサービスも長続きしません。
技術があるだけでも駄目。
物語があるだけでも駄目。
価値をつくり、その価値が相手に理解できる形まで設計して、初めて商品になります。
芹沢さんがラーメンを通じて語っているのは、まさに事業開発の本質です。
芹沢さんは
理想を捨てたのではない
芹沢さんは、理想を否定しているのではありません。
「理想だけ語って、客や市場や経営から逃げるな」と言っているのです。
本当に理想を実現したいのであれば、客に選ばれなければならない。
選ばれ続けるためには、利益を出さなければならない。
利益を出して店を続けなければ、どれほど素晴らしい理想も消えてしまいます。
職人気質だけでも駄目。
マーケティングだけでも駄目。
旨いだけでも、売れるだけでも不十分です。
その矛盾を全部抱えたまま、商品として成立させる。
だから、芹沢さんは格好いいのです。
神保町で食べた1,680円の冷やし中華は、「お値段以上の冷やし中華だったか」と聞かれれば、そこまでではありませんが、私はその一杯から、冷やし中華の歴史と、芹沢達也の言葉を思い出しました。
そう考えると、やはり人は食べ物だけを食べているのではありません。
味と一緒に、情報や記憶や物語を食べています。
そして芹沢さんは、そんな人間の現実を誰より冷静に見つめています。
芹沢達也は、夢を語る人ではありません。
夢を商売として生き残らせる方法を考える人です。
だからラーメンハゲは、今日も多くの働く人から尊敬されているのだと思う、今日この頃です。
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