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不満や忙しさはなぜ減らないのだろう

「カーナビに頼り始めたら、地図が読めなくなるし、
道も覚えられなくなるから、どうかなあ。」

以前、私は運転しながら友人とそんな会話をしていた。
そんな心配も、今では良い思い出だ。

今は車に乗っている時だけではなく、歩いている時だって、
道に迷う機会は減り、行きたい場所へ最短の時間で到着できる。
そして、それが当たり前だと思って過ごしている。

振り返ってみると色々な進化によって、
普段の生活はかなり便利になってきている。

それでも不満や忙しさが解消されることは無く、
もっと便利な世の中を期待し続けている。

この流れが悪いことだとは思わない。
以前は作り出せなかった時間を新しいことのために費やせるし、
今までは我慢してきたことを実現するチャンスも増える。

だけど、逆に失ってしまうものもあるだろう。
効率化を追求した結果、忍耐強く同じことを繰り返す機会が減り、
様々な情報を受け取りすぎて、意思決定に不安を感じてしまう。

昔の方が良かった、とか言うつもりはない。
けれど、昔は良かったなと思う理由は、
案外素朴で単純なことだったりする。

道に迷ったから、たまたま巡り合えた素敵なカフェ。
なぜかそんなお店の方が入るときにワクワクする。

急遽出勤を命じられたから、久々に見ることができた仲間の笑顔。
雑談をしているうちに、案外自分が弱っていることに気付いたりする。

普段は買わないけれど、酔った勢いで買ってしまったコンビニスイーツ。
次の日に食べてみると、やたらおいしかったりする。

想定外のことがあるから、見つかるものがある。
普段から見えているはずなのに、気付かないことがある。

なぜかそのような出会いは、いつまでも覚えていたりすることが多い。
その時の状況も含めて、誰かに伝えたくなる宝物や雑談のネタになる。

これからもどんどん世の中は便利になっていくであろう。
そして相変わらず、不満や忙しさは残っていくだろう。
それと同時に、昔から大事にされてきた素朴な何かは残っていく気がする。

そんな感覚が的外れであり、いつか不満や忙しさがなくなり、
常に満たされる日々を過ごすようなときが来るかもしれない。
それはきっとつまらない日々のような気がする。

不満や忙しさも案外悪いことばかりではない気がしてきた。
予定通りに進まないから、何か大事なことを思い出せるのかもしれない。