「つまらない」を考えてみた...
13日ぶりにnoteに向かってみようと思う。
今、この瞬間、頭の中には何もない真っ白な状態。
何が飛び出すのか私自身わからない。
とにかく思うがままにキーボードを叩いてみよう。
いや音声入力の方がいいのか?まぁ~そんなこたぁ~どうでもいいや。
自分自身がつまらないと思ったことはありますか?
ここでの「つまらない」は、ユーモアセンスなどのお笑い要素ではなく時間経過の中で、おもしろくないなとかハリがないなとか、そういったような感じの「つまらない」
私は、ここ数日「自分はつまらないな」とどこかで思っている。
その「つまらない」の原因はどこにあるのかなと考えていると次のような単語が頭の中をよぎっていった。
刺激
マンネリ
ワクワク
ドキドキ
目的
目標
期日
誰に
特定できない原因究明
意欲
こもりびと
太陽
変化
景色
人
声
まだ他にもあったような氣がするが頭の中から消え去ってしまったのでわからない。おそらくこれらの単語の中に、引っかかっているモノがあるのだろう。
刺激、目的、期日、こもりびとあたりに「自分がつまらない」と思っている原因らしきものがあるような匂いがプンプンしている。
この流れでモロモロを整理していくと「創作」に対して「つまらない」と感じているように思えてくる。私にとっての創作は、AI動画制作であったりサックス演奏になる。
つまらないと感じている中で創作したものを見せつけられる他人にとっては、私以上に「つまらない」 「くだらない」ものになってしまう。そんなことなら世に放つものではない。放ってはならないものなのかもしれない。
以前は、あれだけワクワクして楽しく創作し世に放っていたモノが、今は「つまらない」の温床のようになっているのはなぜなのか?
人の目に映っている。人に耳に届いている。という感覚、実感がないからだろうなと推測する。
ある一定の期間ならば、ひとの目や耳に触れずに自分の世界に閉じこもり創作を続けることが出来ても(自己満足?)、ある一定の期間が過ぎたらそれを届ける先がないと、あれだけワクワク楽しかったものが「つまらない」ものに変わってしまうのかもしれない(承認欲求?評価?)。そんな氣がする。
元も子もないことを言ってしまえば、「心の底から好きではない」ということなのかもしれない。だから一定の何かがなければ「つまらない」と感じてしまうのかも…
やたらと「~かもしれない」が多いな。それだけ決めつけられない不確定要素が多いと言うことなのだろうか? いやただ単に私の語彙力や文章力、ボキャブラリーのなさが原因だろう。
そんなこたぁ~どうでもいいや。
同じ生きて時間を過ごすなら「つまらない」と思っているより、断然ワクワク楽しいほうがいい。
「つまらない」を「ワクワク楽しい」に変えるには、どうすればいいのか?
こういうことを考えながら、こうしてキーボードを打っていたらお腹の中からワクワク感が少しずつ湧いてきたように感じている。
着地点は、濃霧の中で見つけられないけど、今日はこの辺にしておきますか。
やはりアウトプットすることは大切だなと思います。アウトプットをしなくなるとドンドンと内に向いていくことを実感しました。内に向くとよろしくないことがボロボロと出てきます。
どことなく漠然と「つまらないな」と感じたら、カタチはどうでも何でもいいアウトプットをしてみてください。目先の景色が変わっていく感覚がわかると思います。
それでは、また~~~ よかったらXも覗いてみてね。
Xは、コチラ~♪
追記
Xやnoteなどを使ってアウトプットするとき数字を追いかけると途端に「つまらない」に大変身するから要注意ですよ~。つまらないところに人は寄りつかない…
結局、最初から最後までキーボードを叩いたのね。。。
