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水引作家→LINEマーケターへの道のり

はじまり 〜水引との出会いが私を変えた〜

不妊治療に悩む中で心を支えてくれたのが、美しくかつ繊細な「水引」でした。何気なく始めたハンドメイドも、いつの間にか「私と同じ悩みを抱える人の守りになる作品を作りたい」という想いに変わっていきました。しかし、いくら情熱を注いでも、目に見える成果はなかなか得られません。WordPress構築やインスタ運用など、あらゆることを試行錯誤してみたものの、収益は伸び悩むばかり――「いったい何が足りないんだろう」。そんな模索の日々が続いていました。

転機 〜LINE構築がもたらした可能性〜

試行錯誤の末にたどり着いたのが「LINE構築」でした。もともとオタク気質で、ブラインドタッチやプログラミングを独学で学んだ経験があった私には、LINEの仕組みを作っていくプロセスがとにかく面白かったのです。
「こんなにワクワクするなんて!」
その熱量を感じ取った周囲からは「教えてほしい」と声がかかるようになりました。けれど、まだそれを大きく収益化するには至らず、「好きだけではうまくいかないのかな」と心のどこかでくすぶり続けていました。

挫折 〜公立病院でのパワハラと苦悩〜

そんな中でも生活は続きます。私は診療放射線技師として公立病院で働きながら、二人の子どもを育てていました。フルタイムに戻したものの、上司のパワハラはさらにエスカレートしていきます。

「お前だけ早く帰るんじゃない。みんなやっているんだから」

その一言が胸に突き刺さり、私の中で何かがプツッと切れました。新人教育の仕事を奪われ、その新人ちゃんの鬱症状が出たようで病欠が続きました。ついに彼女は歩けなくなり、入院したと聞きました。あぁ、やっぱりこの職場はおかしいんだ、そう確信しました。

変化 〜家族の理解と新聞報道が後押しした決断〜

後輩の退職で、人事部のヒアリングを開始。それによって何年も前から続いていたパワハラが表面化。最終的には裁判沙汰になり、新聞にも報じられる事態にまで発展しました。

「なんで公務員を辞めるなんて馬鹿なことをするの?」

と強く反対していた両親が、新聞記事を目にした瞬間、「そんなにつらい状況だったなんて……」と態度を一変させたのです。

希望 〜憧れの人との出会いとLINEマーケティングの道〜

その後、小さな私立病院で働き始めたものの、給料は安く、将来への不安は尽きません。そんなとき、趣味で続けていた占いを通じて「この人はすごい、絶対ついていきたい」と思えるインフルエンサーを見つけました。

偶然にもその人がTwitterで求人を出しており、思い切って応募。最初は雑用でしたが、自分のLINE構築スキルと“好き”を正直に伝えると、次々と新しいことに挑戦させてくれました。

成長 〜ダブルワークからマーケティング統括、そしてフリーランスへ〜

必死に学び、貢献し続ける日々。ダブルワークで体力的には厳しかったものの、「自分の得意を活かせている」喜びがモチベーションを支えました。そんな私の姿勢を認めてくれる仲間が増え、「花果さんのおかげです」という言葉をもらえる機会も増えていきます。

1年後、気がつけば後輩も増え、マーケティング部門の統括を任されるほどになっていました。あの頃の私は想像もできなかった場所にたどり着き、私は病院の正職員をパートに切り替え、とうとう憧れのフリーランスという働き方を手に入れたのです。

未来へ 〜あなたの物語の始まり〜

2年前の私からは想像もつかないような世界。けれど、そんな未来が本当に訪れました。水引が繋いでくれたご縁、LINE構築という新たな道、そして出会いが私の人生を大きく変えてくれたのです。

LINEとAIが私の道を切り開いてくれました。フルタイムでも、ワーママでも、ワンオペでもやってこれたのはLINEとAIだからこそ。

これを読んでいるあなたがもし、今つらい状況にいるなら、どうか自分の“好き”や“得意”が活きる場所が必ずあると信じてほしい。ちょっとした直感や出会いが、新たな物語の扉を開くかもしれません。あなたにも、きっと――。

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よかったら読んでくださいね。私は私と同じように、副業でも頑張りたい!ママでも頑張りたい。そう思っている人にこそ、私が変わることができたAIやLINEを活用してほしい。そう思っています。

ときどき有益なことも呟いています。よかったら読んでくださいね。


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まこ|占い起点のAIマーケ設計 いつもお読みくださりありがとうございます!もっと時短になるようなこと、書いていきたいと思います。よろしくお願いします。