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45歳、高齢出産後の苦難

不妊治療後、45歳で初めての出産

子宮筋腫摘出、体外受精(採卵7回)を経て
帝王切開で出産。45歳で母になることが叶った。
おかげさまで産後2ヶ月になる。

45歳。
もう、身体はなかなかに疲れやすく、溜まった疲れは抜けにくい。

超高齢出産 産後1ヶ月のリアル

「体外受精までして、こんなか弱い赤ちゃんという生き物を自分が産んで良かったんだろうか。
赤ちゃん、諦めるべきだったのだろうか。」
産後3週間目に心の器が限界を迎え、こんな風に本気で思った。

あれだけ自分の心と身体を傷付けても諦めなかった体外受精。
ようやく我が子を授かり、更には無事生まれて来てくれたのに。
愛しくて、可愛くてたまらなくて
この子の為なら自分の命をかけられるって本気で思うのに。

この年齢で子を持って良かったんだろうか。
すごく重苦しい気分になった。

実は、産後、手伝いに来てもらう予定だった肉親が私の出産とほぼ同時期に倒れてしまい、産後に自分のケアをしてもらう予定が全く頼れなくなっていた。
本当は倒れた肉親の世話を私がしてあげたいのに私は私で帝王切開した自分自身と、生まれたての娘を育てていかなくてはいけない。
高齢出産イコール親、きょうだい、親族も皆高齢ということ。
覚悟していたというより恐れていた、育児と介護のダブルパンチが私にもやって来たと思った。

毎日細切れ睡眠で、自分が望むようなまとまった睡眠はとれない。
我が子が何故泣いているのか分からないから
いつまでも寝かしつけられない。
寝てくれたと思ったら、またすぐにギャン泣きが始まる。
やっと横になれると思ったら、もう沐浴の時間。
吐き戻しやオムツのずれが酷く、日々洗濯物の山が出来、洗濯も追いつかない。
夫は育児休暇を申請予定だったが職場の都合で申請が叶わず。
2週間、ほぼワンオペだった。


年の功でなんとかサバイブ

辛い産後1ヶ月だったが、自分の心身の危険は
自分が1番に察知出来るのが年齢を重ねた利点だろうか。
このまま私が闇堕ちしてはいけない、と判断し
計画していたより数週間早く産後ケアに行くことを決めた。
そして、私のキャパオーバーの危機に気付いた夫は、有給休暇を駆使して家に居る時間を増やしてくれた。
また、倒れた肉親のことは、私に代わって夫が通院に付き添ってくれたり、肉親が世話になる主治医と話してくれたりした。
更には、その倒れた肉親のきょうだいが私を心配し、なんと時々手作りの夕飯を私に差し入れしてくれるという幸運にも恵まれた。


ほんと、運にも恵まれた結果なのだが
私は無事に産後2ヶ月目を迎えたのであった。

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