【おむすびはもう隠さない】~アイデンティティは食から生まれた~2
その2 おむすびの葛藤
アイデンティティへの迷いは三人の子どもたちが皆通って来た道だ。
イギリスではアジア人だと言われ、日本に行けばガイジンと呼ばれた彼らには、自分がどこに居ても異質と捉えられる感覚はつきまとっていたという。
人種の違いはどうしても食べ物に象徴される。
象徴的な食べ物こそが、「やっぱりね~」と待っていたかのように揶揄の標的になるものなのだ。
長女の場合
長女、巴奈 (仮名) がプライマリースクール (小学校) の時のことだ。イギリス生活にも慣れてきた私は、何を血迷ったか、おむすびを持たせて学校に送り出した。その日、巴奈はおむすびを一個しか食べずに帰って来た。
「エマがね、おむすびをジーっと見て、梅干しのことを ”It looks like poo” (うんちみたい)って言ったの。そしたらみんなもわらったの‥‥」
巴奈の瞳からみるみるうちに涙がこぼれ出す。
人から笑われるようなまねは二度としないという決意を込めて、巴奈は「おむすびはもう要らないからね」と言った。
巴奈はそもそも賢くて敏感な娘だ。5歳でイギリス移住して、自分はここで皆と同じように生きなければならないのだ、と悟ったのだと思う。『日本』という自分の核の部分をまるで無かったことにするかのような『否認』でしか自分を保つ術がなかったのだと私は理解したのではなかったか。
巴奈は、あの時の感情を表す言語は持ち合わせていなかっただろう。
巴奈が食べる時、たとえようもないほど美味しそうな顔をしている。傍から見ていてもその至福感が手に取るようにわかる子だ。最初に手づかみで食べたのがおむすびなのだ。おむすびは娘にとってもソウルフードだったはずだ。
例えばどんなに日本への思慕を封印していても、目の前のおむすびは、本能のまま頬張ってくれた気がする。そんな一瞬の天国からの地獄の心地だったかと、その場で歯を食いしばって耐えた娘を抱きしめに行きたくなる。
それ以降、巴奈におむすびを持たせることはなかった。
長男の場合
長男の甲斐 (仮名) は二学年遅れてプライマリースクールへ入った。級友から誕生会の招待状がいつも集まる息子のキャラなら大丈夫かも?とおむすびを持たせたこともあった。
こちらも、今となってはどんな思いで食べていたことだろうと泣きたくなる。なぜなら、クラスの子からおむすびを「キモい」と言われていたことは、大人になるまで甲斐からは聞いていなかったから。聞けば私が傷つくと思ったのだろう、一度も言わなかったことに胸が痛んだ。
子どもなりに、守りたいものというのはあるのかもしれない。そのことで思い出すのは、子どもが親に隠しごとをした場面を見てしまった時のことだ。
私たち家族の住むイギリス南西部は美しい自然に恵まれている。休みの日には山、川、海へと、お金はかからないのに贅沢な時間を過ごさせてもらっている。ピクニックは、やっぱりおむすび。
ある時、お昼になっていつものようにみんなでおむすびを頬張っていると、私たちのそばを家族連れが通りかかった。こどもの声が聞こえたその時に、学校に通う巴奈と甲斐が、おむすびを咄嗟に隠したのだ。それはもう一瞬の条件反射のようなものだった。もしも食べていたのがサンドイッチだったなら、そんなことはしなかっただろう。
いつもの家族の当たり前のはずだった。
なのに上の二人が同時に隠してしまったのは、他者目線での『異質さ』を知る共通の反応だったのかもしれない。
そんな一瞬の反射に、今度はシレ~っととぼけたのがいじらしかった。私に気づかれまいとする隠ぺい動作、怪しいにもほどがある。けれど、子どもは子どもで守りたいものがあるのなら、尊重してやろうと思ったのだ。
甲斐が私に「パックランチ*じゃなくて、僕もスクールディナー*がいい」とよくねだったのも、なにかしら日本人の私の作るランチがほかのこども達と毛色が違ったのだろう。
*(パックランチは家から持っていくイギリス版お弁当で、スクールディナーは学校給食。サンドイッチなど軽食で済ませるのがランチであることに対し、調理した温かい食事であることからディナーと呼ばれる)

Photograph: Linda Nylind/The Guardian

PowPhoto.com/Alamy Stock Photo
イギリスのスクールディナーは、日本の給食の域まで栄養のバランスがとれていそうにないし、見た目も茶色っぽい。
私にしたら、単純に自分が食べたくないものを、お金を払って子どもに食べさせようと思わなかっただけだ。甲斐がなぜそこまで望んだのか、今ならわかる。甲斐だけは週に一度はオーダーさせたように記憶している。
甲斐は、まだプライマリースクール高学年だった頃「パックランチは自分で作る」と言い出し、学校時代はそれを貫いた。
今思えばまだ幼い子の決意がいじらしいが、自分でやると言ったことを尊重したまでだ。それはそれでよかったのかもしれない。
私の文化を息子から拒絶されたような感触が、誰の目にも触れないどこかに貼り付いていたような気もする。
子育ての正解はいつまでもわからない。
次男の場合
長女より九歳離れた、イギリスで生まれた次男の飛勇 (仮名) もまた、クラスの子に言われたことを私には言わなかった。おかげで私は『この子はちゃんと自分を持っていて偉いな』と思っていたのだからおめでたい。
そんな飛勇が18歳の時に、私にこんなことを言った。
自分のSNSに 「I love Sushi!」 のキャプションで寿司の画像の投稿が目に入ったという。それはかつて飛勇の食べているおむすびを「pooみたい」と言った女の子本人だった。巴奈の場合は梅干しをpooと言われたようだが、その時は海苔をpooだと言われたとか。こどもはなんにでも「うんち」と言いたくて仕方のないものらしい‥‥
誰かのものを、自分が知らないというだけで侮蔑した子が、それがトレンドになった途端、したり顔で自慢してるのを見てしまった。
寿司がジャパニーズフードの代名詞のようになり、主要な空港や駅でも食べられるほどに寿司の認知度が上がり出した頃だ。
飛勇は私に向かって続けた。「自分の意見を言うのはいいんだよ。だけど、違う文化をリスペクトできない人間が、『イメージ』が上がれば、飛びつく。やっと褒められたことが、全然嬉しくない」と。
プライマリースクールの頃は、「飛勇なに食べてんの~?」と囃し立てられたことを打ち明けられた。ただの物珍しさと、こどもの持つ残酷さでしかない。
そして青年に成長したクラスメートなら、もうそんなことは言わないのかと思えば、やっぱり興味津々で 「What is that!?」 (それは何?)と聞いてくるらしい。誰かの声が他の生徒たちの注意を惹くので、もっと鬱陶しいんだ、と。こども時代の経験がなかったら違ったのだろうか‥‥
飛勇が黙って受け取るので、それまで疑問に思わずお弁当を作っていた。
「えっ?じゃあ、いつもお弁当、どうやって食べてるの?」と初めて訊いた私に、
なんと飛勇は、「なるべく周りに人が居ないところで、リュックサックのジップを開いて、中のお弁当箱を出さないで蓋だけ開ける」と答えたのだ。
一口分を口に入れて蓋を閉め、それを繰り返すとまで言った。
唖然として「いつもなの?」と訊くと、変な匂いを放つ食材や、見た目に馴染みのないものが入っている時の対処法なんだ、と。例えば昆布やひじき、油揚げやこんにゃくの時だったのかもしれない。調理した大根の匂いが超絶NGということだけは知っていた。
大根だけじゃなかったのか‥‥
醤油で調理してあるだけで、イギリス人は匂いの違いに気づいて、注意を引いていたのかもしれない。そんなものをたくさん入れた覚えはないけれど、少量でも私の思うよりもずっと目立っていたというのか。
いつも友達に囲まれたイメージしかなかった飛勇からは想像していなかった姿だ。こども、若者、異文化間、そこに潜む暗黙のルールに思いが至らなかった自分を殴ってやりたい。
私が謝ると、飛勇は「僕はお母さんの作るものが恥ずかしいんじゃないよ。知らない食べ物はリスペクトしないくせに、寿司の日だけ、「Amazing! Authentic Japanese Sushi! (すごい!正統派日本の寿司だ!) と寄ってくる。ただ放っておいて欲しいんだよ」
息子にとっては同じ「母の作るいつもの食べ物」なのに、知名度のあるなしで、変なものにも素晴らしいものにもされてしまうことに、辟易するものなのだと知った。
『トレンドに乗る』ことと『食や文化をリスペクトする』こと。
この似て非なる行動の違いにこれだけ敏感なのも、飛勇の背後にある、複雑で厄介な感情ゆえのことだと私は知っている。
アイデンティティを模索したあの日々は悩ましくて、
そして愛おしくて。
今の彼らを形作った大切なプロセスだけれど、
やっぱり私には、少しほろ苦い‥‥
その3に続く‥‥
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