YMO - WILD AMBITIONS
YMOについて書くのなら、「Tong Poo」にしようと決めていた。
私がはじめてYMOを認識したのは、1979年のグリークシアターでの「Tong Poo」の映像だった。たぶん12歳くらいのときだ。
(当時もっていたデバイスでYouTubeをひらいて「Yellow Magic Orchestra」と検索して、いちばん上に出てきた動画がそれだった。)
それで、私はなによりベースにびっくりした。かっこいいのか、かっこよくないのか、よくわからなくて、最終的に、きっとかっこいい。
このベースを弾けるようにならないといけない。そう思って、12歳の私はベースの練習をはじめた。
弾けるようになったので、ベースをやめた。これはさいきんのはなしだ。
「Tong Poo」は、魅力的なカバーがおおい。
矢野顕子のぴょこぴょこバージョン(私が勝手につけた名前)が素敵なのは言うまでもない。
『Welcome to Jupiter』に収録されている、seihoとコラボレーションしたバージョンも、凄味があって良い。
(リリースされたときはものすごい衝撃で、1日30回くらいきいた。)
それから、坂本龍一のソロ名義のもの。
(個人的には、『Ryuichi Sakamoto Trio World Tour 1996』でのテイクがだいすき。あの映像の坂本龍一が、いちばんかっこいいとおもいます。異論は認めます!)
『The Selection of DE DE MOUSE Favorites performed by 六弦俱楽部 with Farah a.k.a. RF』という、ありえないくらい長いタイトルのアルバムに収められているものも、軽快で心地いい。
これらひとつひとつについても、書きたいことがたくさんある。それほどに「Tong Poo」という曲の力は強大だ。
だから、YMOについて書くのなら「Tong Poo」にするつもりだった。
けれども私は、この2ヶ月くらい、なぜだか「Wild Ambitions」が気にかかる。
この曲は、聴き手の心を反射するようにして、ころころとその印象をかえる、ように私は思う。
アフリカの雄大な自然を照らす朝日のようにきこえるときもあるし、雲ひとつない大空に、私がひとり、ぽつんとうかんでいるようにきこえるときもある。
卒業とか、決別とか、融和とか、そういうごく個人的なイメージを想起するときもある。
ただ、すべての場合に共通しているのは、夢が覚める直前、みたいな感覚である。
曲をきいて浮かんでくる場面は幻想的だ。けれどもまもなく、その夢はおわる。私たちは、現実にもどってこなくてはならない。
そういう諦めの気配みたいなものが、曲全体を支配している。私たちは、それから目を背けるようにして、曲をききすすめる。
YMOとしては唯一の、細野さんと教授との共作だという話もあるし、YMO自体がまもなく散開ということもあって、その絶妙な関係性が、曲のなかに封じこめられているのだとすると、なるほど、すごくしっくりくる。
おわりに向かう姿は美しい。まもなく途切れることになるその夢のなかに、私は一瞬の永遠をみる。
